71.魔術なんて
「あの、陛下」
緊張で震えそうになりながら、わたしはここに来て初めて声を出した。周囲の視線が集まり、全身が心臓になったように脈を打つ。
「どうにか、人為的空間術の研究を止めるよう通達してもらえないでしょうか」
「こんな時に何だ」
「こんなときだから言うんです。エリサが狙われる理由は、おそらくあの子が人為的空間術に否定的だからです」
おそらくっていうか、絶対そう。そういう設定だったし。
「陛下に人為的空間術の研究を止められたら困る連中がいる。エリサに言われたでしょ?研究をやめるように。それが邪魔だったのよ」
段々と熱が入りながら、手に力が加わっていく。
「エリサがいない今、陛下がそれを決断したら、敵の注意を引けるかもしれない」
「……」
「お願いします、陛下。エリサを守るためにも、人為的空間術の研究から手を引いてください」
頭を下げた。玉座に腰を下ろしたままの陛下は、肘をつき、悩ましげに長く大きな息を吐く。わたしは地面を向いたまま、恐る恐る返事を待った。
ゲームではこの説得が一番国王の耳に届いていた。国王もなんだかんだ言って娘がかわいい一人の父親だ。だから今回もちゃんと話を聞き入れてくれると思ったのだ。
「………それは難しい」
しかし、厳しい顔をした国王によって、わたしの期待は裏切られてしまう。
「ど……っ、どうして!?」
「誰もが魔術を使える未来のために。人為的空間術はその新たな力、いわば人々の希望だ。一国の王として、私にはそれを守る義務があるのだ」
信じられない発言に、顔を上げて呆然とする。きゅっと拳を握ろうとして、ディーノの手を握ったままだったことに気付いた。
「誰かの命を犠牲にした未来に希望なんてあるの?」
わざと嫌な言い方をしたわたしの問いにも、国王は口を閉ざす。カッと頭に血が上った。
「そんな希望にすがるしかないなら、魔術なんてこの世からなくなっちゃえばいいのよッ!」
「アイリーン」
呼ばれると同時にぐいっと手を引かれ、ドンと何かにぶつかった。ディーノに抱き寄せられたのだとわかったころには、背中に手を回され、頭をポンポンと撫でられていた。じわりと目から熱いものが溢れてくる。その顔を隠すように胸に頭を押し付けたが、どうにも抑えられなかった。
(なによッ!魔術のある世界なんかよりもっと科学技術を発展させてパソコンとかスマホとか開発してゲームしたりゴロゴロ漫画読んだりできる平和な世界にしなさいよーー!!!)
ずっと誰かに言いたかった不満が口をついて出そうになる。怒りでふるふると震える肩を、ディーノが宥めるように撫でてくれた。
(エリサもいないし!こんなカッコして、ここまで何しにきたのよ!まさか無駄足!?)
「……あーあ、まったく嫌になるね」
わたしのイライラが頂点に達しようとしたとき、頭上から低い声が降ってくる。戸惑い、ゆっくりと顔を上げた。
「国王、あんたにはガッカリだよ」
ディーノはまっすぐ玉座を見据えたまま、鋭い目付きで怒りを顕にしている。
(珍し――……くはないか。妹の命がかかってるんだもんね)
「人々の希望?それを守る義務?」
「………そうだ」
「目の前のガキひとり泣かせる奴が?笑える冗談だね」
ははっ、とディーノは言葉通り息を漏らした。泣いてない、と言いたかったけど、顔を上げたわたしは思わず身震いしてしまう。
目が、全く笑っていない。ディーノの乾いた笑い声が響くたび、足元がゆっくりと崩れていくような、迫りくる恐怖を感じた。……怖い。ひたすら怖い。エリサを蔑ろにしたらこんな狂人に襲われるかもしれないなんて、恐ろしすぎる。皇女を絶対大切にしよう。シスコンを怒らせてはいけない。
(………と、とりあえず。国王はあてにできないってことよね。いつか、6年後くらいには考え直してくれると思うんだけど)
そんな先まで待つつもりはない。やっぱり、ゲームと少しずつズレがあるせいですべてが思い通りにはいかないらしい。これが吉と出るか凶と出るかわからないけど、今はできることをしなければ。
頭を切り替えよう。
(最優先事項は、エリサの無事を確認すること)
「―――ディーノ。とにかくエリサを探して、見つけたらまた来ましょ。今度はエリサも一緒に」
ディーノの服を控えめに掴みながら、勇気を振り絞って声をかける。自分にも言い聞かせるようにすると、しだいに頭も冷えていく。
ディーノは一瞬驚いたようにキョトンとしていたが、すぐに肩をすくめて大げさに息を吐いてみせた。
「やれやれ。俺が王になるまで、この国はもつのかね」
「大丈夫よ、ディーノが王になるまで――……」
ピタリ。言葉を区切り、口を開いたまま動きを止める。………いや、だって今すごい空耳が聞こえたから。