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7.お金がほしい


「6歳女児のひとり暮らし舐めてたわ……」


 ぐるきゅるるる……と悲鳴を上げる腹の虫に耐えきれず、テーブルに突っ伏した。備蓄が底を尽きないよう、食事を一日二回に減らしているのでどうしても夕暮れ時はお腹がすく。最近はほぼ毎日遊びにくるセドリックとハンスの差し入れを頼りに夕食を済ませている始末だ。ラスボスが作った料理がおいしいなんて、情けないことこの上ない。


(このままじゃ発育にもよくないわ……。でもラスボスと一緒の生活は……)


イヤだ。――最近の悩みは主に二つ。一つは、セドリックとハンスによる孤児院勧誘である。


 セドリックはともかく、なぜか彼と共によく我が家を訪れるようになったハンスに、「いつ来てもアイリーンのお父さんはいないよね」という指摘を受けるのは早かった。黙っているのも不自然なので一応セドリックにしたのと同じ説明をしてみれば、どうやらハンスの方が賢かったらしい。正しくアイリーンの状況を理解されてしまったのだ。孤児という境遇ゆえにその手の話題に敏感なのかもしれない。心配してくれるのは嬉しいのだが、その日をきっかけについにセドリックにも知られてしまい、顔色を変えて問い詰められてしまった。その日以来、二人の「うちにおいでよ」攻撃が止まないので正直困っているのだ。本当のことを言うわけにもいかないし。


「せめてお金……お金がほしい……」

「アイリーンはお金がほしいのか?」

「セ、セドリック!あ、あの、おじゃましてます……」


 切実すぎるが身も蓋もない願望をわざわざリピートしてくれたのは、晩ご飯…もとい、幼い訪問者たちだった。顔を上げ目を細めるが、セドリックは意に介さず、申し訳なさそうに肩をすくめるのはハンスだけだ。


「ごめんね、アイリーン。呼んでも返事がなかったから勝手に入ってきちゃって……」

「まったく……。ずっと思ってたけど、ゲーム世界における不法侵入の概念ってどうなってるのかしら」

「今日の晩ご飯はビーフシチューだってさ!ほらこれ」

「いらっしゃい二人とも。ゆっくりしていってね」


 両手を広げて歓迎した。セドリックは元気よく返事をしたが、ハンスは苦い笑みを浮かべていた。並ぶとよくわかるが、対照的な二人だ。


 それはそうと、ラスボス特製のビーフシチューは今日も子どもの胃に優しい。並んで座るセドリックとハンスに見られながら、テーブルを挟んだ向かい側の席で、わたしは一人夕食をとる。思えば、ゲームの世界に転生したとき真っ先に頭をよぎった「わたし、世界を救わなきゃいけないの!?」という悩みはすべて、わたしが心身共に健やかに成長してからの話だ。6歳で世界を救うなんてどう考えても無理。決してチートじゃないので地道なレベル上げ、経験値が必要不可欠なのである。


 つまり、今わたしがすべきことは世界を救う方法を考えることじゃない。ご飯を食べて人並みに大きくなることだ。そのためにはラスボスと同じ屋根の下一緒に生活するのもやむを得ないのかもしれない。……いや、嘘。やっぱりご飯をいただくだけにとどめておこう。


「お金かぁ。あったらあげたいんだけど、うちにもそんなにないと思う。父さんも『今月はキフが少なくてザイゲンが足りないからお友達のところにたくさん遊びに行きなさい』ってみんなに言ってたし。ザイゲンとかキフとかってお金のことだったよな?」

「ねぇ待って。ラスボスの口からそんな生々しいセリフ聞きたくなかったんだけど」

「アイリーン、らすぼすってなに…?」

「一番偉い人のことよ」


 間違ってはないだろう答えでさらりとハンスに嘘をつきながら、わたしは真剣に悩んでいた。どうやら孤児院も似たような状況らしい。そう、わたしのもう一つの悩み。――お金がないのだ。


 父が残していってくれたお金はそれほど多くない。けれど生きていく上でお金は必要である。ゲーム世界の生活実態なんて気にしたこともなかったけど、水道や電気といったインフラは村で整備していてお金がかからないのに、食べ物や衣類は別だった。そりゃそうよね。ゲームの中では料理を作る食材も、装備品も、全部お店で売ってたもの!


「とにかく、お金がないなら自分で稼ぐしかないわよね」

「できるの…?ぼくたちまだ子どもなのに」

「やるしかないわ。モノをつくって売るのよ!」

「おぉ!何をつくるんだ!?」


 心配そうなハンスと目を輝かせるセドリックの前に、わたしは立ち上がった。自信はある。だってわたし、普通の子どもじゃないのよ。前世の記憶っていう反則武器があるんだから!


「……っ!!」

「「?」」

「……………………げ…………ゲーム機、とか」

「げえむき?」

「なに…?それ」

「…………遊ぶ道具、かな」

「遊ぶどうぐ!オレもほしい!」

「どんなやつなの?」

「………まず、同じ大きさの紙を13掛ける4足す1枚用意するのよ」

「じゅうさ…?」

「えっと……52たす1だから、53枚…?」

「そう。で、それぞれ一枚ずつ1から13までの数字を書く。これを四回繰り返す。ただし四通りちがう模様を描いて、同じ数字でも、同じ紙ができないようにするの」

「のこりの一枚はどうするの?」

「えっと……『ババ』ってかく」


 顔を見合わせる。なにも言わないで欲しい。ちがう。ちがうのよ。わたしだってわかってた。『ゲーム機』なんて作れるわけないって。でも他に何も、ほんとに何も思いつかなかった。わたしは前世で技術者でもなければ発明家でもなかったのだ。ただゲームしたりマンガよんだりするのが好きな、どこにでもいる普通のオタクだったんだから。仕事も事務職で、一日中パソコンとにらめっこしてただけ。おかげでキーボードを打つのだけは早くなったけど、そんな特技この世界で一生お披露目できる気がしない。


「それおもしろいのか?」


 グサ。と効果音がついたような気がした。容赦ないセドリックの一撃に立ち直れない。どうせわたしは前世での知識を何一つ生かせないバカな転生者ですよ。唯一知ってるくせに未来に起こるこの世界の危機すらまだ先のことだと後回しにしてラスボスから逃げてるような女ですよ。


「つくってみようよ。ぼく遊んでみたい」


 同情ですかと捻くれた思考でハンスを見ると、予想外に彼はキラキラと目を輝かせていた。賢い子だから、作り方がパズルみたいで難解そうな遊び道具に興味を示してくれたみたいだ。実際は難解でもなんでもないただのトランプなのだが。


 こうして、手作りすることになった『げえむき』はハンスの好評を得ることができた。なかなか楽しんでくれたみたいだが、もちろん売れる気はしない。セドリックはそもそも1から13までの数字を書くので精一杯だったし、ババ抜きを理解してもらうのもやっとだった。この世界にはトランプがない。そもそも、フィーネのような小さな村では数字を学ぶ教育機関すらない。『学校』に似たのはあったはずだけど、南町のミッドガフドにすらなく、もっと大きな街にある。だけどそこも、お金持ちか、もしくは『魔術』の才能がある子どもが通う、雲の上のような場所なのだ。


 そう、魔術。ゲーム中でアイリーンが通っていたのは、『癒しの魔術』を使う巫子を育成し管理する、巫子座(みこざ)と呼ばれる場所。


 アイリーンには魔術の才能があった。



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