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67.怪しまれなかったじゃない

 *****



「王都はどっちの方角なの?」


 凶悪な大鎌を背負ったまま、前を歩く彼女に尋ねる。振り返ったアイスブルーの瞳は相変わらず冷たく、無表情なので生気が感じられない。大鎌の黒光りと相まってまるで死神のようだと思ってしまった。


「まずはこの街で巫子を調達した方がよいかと。この先は陸路でガドラニアまで向かわねばなりません」

「だからどっちの方角か聞いてるんだけど」

「B地区に巫子座があります。ここからだと東です」

「行かないよ。巫子はアイリーンがいるし。さっさと追い付けばいいんだから」


 扱う魔術の属性が真逆なら、考え方も合わない。ハンスは嘆息し、黙々と歩き続けるセドリックにチラリと目を向けた。そこには、ヴィオラとは別の意味で表情の削げ落ちた彼の姿がある。


「セドリック」

「………」

「セドリック!」

「! あ、なんだ?」

「……宿で少しだけ休んでいく?疲れてるんじゃ――」

「いや、いける。」


 気を遣って声をかけると、間を置かず気丈な返答があった。うそばっかり。どう見ても無理をしている。村を出て、魔物と戦い、船に乗り、ここに来るまで一度も立ち止まっていないのだ。疲れていないはずがなかった。………それはもちろん、僕も。

 でも、だからこそ、セドリックの気持ちはよくわかるのだ。今は疲れなんかより、ただずっと―――


「アイリーンが心配なのはわかっけど、意地張んなよ。その状態で追いついても迷惑かけるだけだろ」


 そう言ってセドリックに意見したのは、意外にもライナルトだった。てっきりセドリックと同じ脳筋タイプだと思っていたので、驚きに軽く目を見張る。


「……迷惑なんてかけない」

「怪我したらアイツに治してもらえばいいと思ってんだろ?それのどこが迷惑じゃねーんだ」

「そんなこと――!」

「ちょっ、二人とも落ちついてよ」


 この二人が火花を散らすなんて予想外だ。慌てて間に入るが、静かに聞き耳を立てていたヴィオラがそっと息をついた。いつも無表情な彼女に呆れられるなんてよっぽどである。………やっぱり、みんな疲れてる。少し休憩した方がいいだろう。


「……ヴィオラ。とりあえず巫子座は後にして、どこか宿に入ろうよ」



 *



「泊めていただいてありがとうございました」

「なに、気にするな」

「部屋を貸しただけだしな。あんたたちは、これからどうするんだ?」

「わたしたち、巫子座に用があるんです」


 救護所を出たわたしとディーノは、お世話になった人たちにお礼と、これからの行き先について話していた。


「巫子座で魔術を学びたいと思って、田舎から出てきたんですけど……一人だと心細くて。兄も一緒に来てもらったんです。まさか、道中で魔物に襲われるなんて……」

「そうだったのか……。今、このあたり一帯の魔物が凶暴になってるからなあ。本当に無事でよかった」


 本気で心配してくれたのだとわかる度、チクチクと胸が痛んだ。滑らかに口から出た嘘に、申し訳なさで胸がいっぱいになる。


「よく言うよ。俺は一瞬悪魔と契約しちまったのかと思ったね」

「なっ、巻き込まないための親切な嘘でしょ!? 誰が悪魔よ!」


 ずっと黙っていたくせに、離れた途端そんなことを言う。ディーノに抗議しながら、わたしたちは早足で街の出口へ向かっていた。本当に向かう先は、王都ガドラニアだ。


「だからって兄妹設定は無理があるっしょ。全然似てないし」

「そう?怪しまれなかったじゃない」

「いーや、今頃その噂でモチキリだね。『さっきの美少年、妹さんに助けてもらったんですってよ!』『あらやだ!』」

「っ、なによそれ」


 誰にも似てない声真似を繰り広げるディーノにふふっと笑いながら、街を後にしようとする。その時、ふと顔を上げた瞬間、視界の隅に見覚えのある人影が写ったような気がした。え?と足を止め、顔を向ける。


「ん、どした」

「……さっきそこに―――」

「……知り合いでもいた?」


 ゆっくりと、首を横にふる。人影は視線の先にある宿へ消えたように見えた。が、後ろ姿だったので見間違えたのだろう。彼らがこんなとこにいるはずないし。


(……そういえば、こんなに長い間離れてるの、久しぶりだな)


 彼らの初めての修行以来だろうか。四年間同じ屋根の下で生活してたことを思うと、ほんの少し寂しさを感じる。


(セドリック………ハンス………)


 村を出てずいぶん経ったような気がする。元気かな。怒ってるかな。かなり心配してるだろうな。二人とも心配性だし―――……


(………いや、まさかね)


 いくら心配でも、こんな遠くまで追ってくるなんてことはない……はず。黙って出てきたならまだしも、ライナルトに伝言を頼んだのだから。………メモで、だけど。


「アイリーン」


 いつの間にか下を向いていると、ふいに左手を取られた。驚いて顔を上げると、真面目な顔つきがすぐ目の前にあって、一瞬ドキリと心臓が跳ねる。


「フィーネ村に帰りたいかい?」

「っ、そんなことは――」

「だとしても、……もう帰したくないな」


 握った手にギュッと力を込められる。切れ長の細い目が、いつになく真剣な色を帯びていた。

 彼にそんなことを言われると思わなくて、わたしは驚きに目を開いて固まってしまう。数秒間見つめ合って、彼の瞳の色を思い出した。深い夜のような紺の髪色と違い、日を浴びた葉々のような新緑。――皇女と同じ。


 やがてディーノはすっと目を細め、さりげない仕草でわたしの手を持ち直すと、街の外へ向かって歩き始めた。指と指が絡み合う繋ぎ方のまま、強めに手を引かれる。けれどすぐに横に並ぶことができたのは、わたしに歩幅を合わせてくれているからだ。


(だ…………誰これ!?何コレ!!?)


 対応がティターナに着いたときと大違いだ。怪我をしたときに頭でも打ったんだろうか。


「ディーノ、あの――」

「なーんてね。殿下がもし怪我でもしてたら、治してくれる優秀な巫子が必要だし?」


 手を持ち上げ、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべながら言う。

 ああ、なんだそういう意味か。変な言い方するから、一瞬どこまで本気なのかと。そう、ディーノはとんでもなくシスコンなのだ。


「………巫子座の巫子の方が数倍優秀だと思うわよ」

「ハハッ、かもね」


 謙遜ではなく事実だ。勉強してない巫子より、してる巫子の方が優秀に決まってる。ディーノもわかってるようなのに、足を止めず、繋いだ手を解放する気配もなかった。急ぎの道だから仕方ないかと、わたしもそれ以上は言わず、歩くスピードを速める。


「………なーんてね」


 少し時間をおいた、彼の言葉も。同時により強く手を握られたことも。彼の真意はやはり掴めなかった。




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