66.正しかったわよ
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「たぶん城へ戻ったな」
怪我人を治療し、再び救護所へ戻ってくる。ディーノに聞いたのは、まずエリサのこと。もうひとつは、人為的空間術のことだ。
「空音を使って人為的空間術の研究を進めてるのは国王陛下だ。皇女殿下としては、なんとかやめさせたいのさ」
「……知ってたのね。エリサもあなたも、人為的空間術が危険なものだって」
「知らなかったよ? 推測はしたけど。世界各地で発生してる異常気象に災害。凶暴化した魔物。病の流行……。こんだけ揃ってたら疑うでしょ。時期的にも一致してるし」
指を折りながら数えた出来事は、彼の推測通り、人為的空間術、ひいては空音が原因のものだった。世界で今そんなことが起きてたなんて、知らなかった。まだまだ先のことだとたかをくくっていたのだ。
「危険性を陛下に指摘しなかったの?」
「……俺は陛下に謁見できる身分じゃない。皇女殿下が陛下に進言しようにも、命狙われたんじゃ国を出るしかないわな」
語られていく真実を、頭の中でパズルのように組み立てていく。ゲームの知識も合わせて、わたしはようやく理解する。
「皇女第一主義なあなたが皇女から離れてフィーネ村に来たのは、人為的空間術にフランが関与してると疑ったからなのね」
「皇女第一………まあ、そうだけどさ」
「そしてエリサが城に残ったのは、直接陛下に進言するため……」
ハッと顔をあげる。いくらか落ち着いているように見えるディーノを信じられない気持ちで見上げた。
「エリサはほんとに城に戻ったの!? それって危ないじゃない!命を狙ってくる奴らがいるのに」
「まあ、そうだねえ。世界が危ないってときに大人しくしてるようなコじゃないし」
「なに落ち着いてるのよ!早く追いかけないと――ッ」
「どっちがいいと思う?」
いきなり投げられた質問の意味がわからず、パチパチと目を瞬く。そんなわたしにディーノは指を一本立てて言う。
「ひとつ。すぐに殿下を追いかけて保護。ティターナに連れ戻す」
「そ、そんなの当然――」
「もうひとつ。殿下の意思を尊重し、陛下に会えるよう陰ながらサポートする」
二本目の指を立て、ディーノが口にした言葉に、わたしは目を丸くした。
「……掠り傷一つないよう大事に守るのだけが、俺の役割なのかね」
「ディーノ……?」
「キミみたいに小さい子が命はって頑張ってるの見てたら、わかんなくなるよ。俺のやってきたことって正しかったのかなーって」
なんてことないような言い方だが、ディーノの目には迷いがあった。どういう心境の変化かわからないけど、エリサを大事にするには、守るだけじゃダメなんじゃないかと思い始めているらしい。
――けど、
「正しかったわよ」
「え、」
「あの子、昔から無茶ばっかりして――……そう、だし。過保護なくらいでいいわ。守られ方を覚えるのも皇女の仕事なんだから」
エリサの場合、考えるよりまず行動!という典型的な猪突猛進タイプなので、ストッパーは必須だろう。ゲームではずっとディーノがその役を担ってくれていた。今さらその役は誰にも務まらないので、迷わず守ってあげてほしい。
「なら、殿下の意思は無視してもいいってことかい?」
なんでそうなる。
「……そうね。陰ながらサポート、なんて考えてるならそうした方がいいんじゃない。わたしなら表で堂々とサポートするけど」
ディーノは目から鱗といった様子で、口をポカンと開けて固まってしまった。
彼には是非、ゲーム通り、皇女を支える近衛騎士になってほしいと願う。陰からだけじゃなく表で堂々と彼女を守れるように。
「……表で、堂々と」
それ以上言葉もなく、わたしは一足早く身支度を整えることにした。腰に差した短刀を握り、感触を確かめる。これから先、戦闘は避けて通れないだろうから。
「城はどっちだっけ」
「……ここから南東。王都ガドラニアにあるローレンシア城だ」
なにかを心に決めたような表情で、ディーノが前を見据える。その合図と共に、わたしたちはエリサを追いかけるため、王都に向けて足を踏み出した。