63.裏表のない感じがドストライクなのよね
*
「ん、ん………?」
うっすらと目を開けると、見慣れない天井がある。頭が重い。いつもはスッキリ目が覚めるのに、瞼が眼球に張り付いているようだ。どれだけ横になっていたんだろう。
「気が付いたのか……!」
鈴の鳴るような声で、すぐさま視界に飛び込んできた少女は、まるでそこに花が咲いたように顔をほころばせた。その場で軽く跳びはね、喜びを全身で伝えてくれる。両サイドで高く結われた鮮やかな桃色の髪が、軽やかに宙を舞った。
「あ。まだ寝てなきゃダメだからな!魔力をぜんぶ使ったんだぞ!………でも、ありがとな。ディーノを助けてくれて」
「………ぁ、え………?」
「よかった。ほんとによかった……!ディーノはアタシの、大切な友達なんだ。巫子さまは命の恩人だな!アタシのことも助けてくれて………あのピカッて光る技、すごかったな!あれどうやったんだ!?」
怒ったりしんみりしたり笑ったり。コロコロと忙しく表情を変えながら、明るく声を弾ませる少女は、今にも歌い出しそうだ。わたしは目をパチパチとさせる。この見た目、この声、そしてこの話し方。――間違いない。
「…………皇女さま」
「なんだ? あっ」
少女は慌てて口元を覆う。しまったと顔に書いてあるが、もう遅い。
「あ、アタシは皇女じゃない!エリサだ!エリサ・ウィ………シア、です」
「いいわよ、隠さなくて。もうディーノから聞いて――……」
言葉にした瞬間、気を失う直前のことをすべて思い出し、ガバリと上体を起こした。驚いた顔をする彼女――エリサ皇女を横目に、慌てて周囲を見渡す。
「ディーノは……!?」
「あ、えっと、さっきちょっと起きたけど、水だけ飲んだらまた寝た」
「無事なのね!?」
「う、うん! 本当にありがとう。巫子さまのおかげだ」
そう言って頭を下げる。手をきちんと前に揃えて90度。華美なドレスこそ着ていないが、その所作は彼女の育ちの良さが伺えた。男勝りな話し方は相変わらずだけど。わたしはホッとして長く息を吐いた。
「どうしたんだ?巫子さま」
「……アイリーン」
「え?」
「わたしの名前。アイリーン・フォースター。よろしくね、エリサ」
「! ああ、こちらこそよろしくな、アイリーン!」
パッと顔を輝かせ、笑顔になる。わたしも同じように笑みを返すが、彼女の太陽のような快活さには敵わない。
(さすがゲームのヒロイン……光属性だわ)
魔力が、じゃない。存在が、だ。そこにいるだけで周囲の人を明るくし、おおらかな心地を抱かせる。セドリックといいエリサといい、アイリーンの好みは分かりやすい。
「こういう裏表のない感じがドストライクなのよね、きっと……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、なんでもないの」
こう言うと素直に「そうか」と納得してくれる。こういう純粋さも好ましかったに違いない。アイリーンにはないものだから。ゲームでも、……現世においても。
「街の人たちも心配してたんだ。アタシ、みんなに知らせてくるよ!」
「え、待っ、どこ行くの!? 待って!待って!!」
言いながら走り去ろうとする彼女を慌てて呼び止めた。ベッドから飛び降りる勢いだったわたしを、エリサは振り返って不思議そうに首を傾げる。
「ひとりで行動したら危ないから……っ、あなた襲われたのよ!?」
「え、でも……」
「でもじゃなくて! 今度襲われたらどうするの!? ディーノは今動けない、誰も助けてくれないのよ? あの時はたまたまわたしたちが近くにいたからよかったけど、もし助けが来なかったらどうなってたか、ちゃんと考えて」
まるで子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を選んだ。いや、『まるで』じゃなく、彼女はまだ10歳だ。そして16歳になっても、まだ子どもと言える年齢だ。感情のままに行動し、周りを振り回すことが多い。
「………ごめん、なさい」
自覚はあるのか、エリサは可哀想なほどしゅんと落ち込んでしまった。
「……キツいこと言ってごめん」
「ううん、いいんだ。アイリーンの言う通りだから。……アタシ、いつも後先考えられなくて、みんなに迷惑かけるんだ。……ディーノのことだって、」
言葉を区切り、唇を噛む。下を向いたまま、握った拳が震えていた。
(たぶん、ディーノが怪我したの、自分のせいだと思ってるのね)
現場を見てないわたしが何を言っても、下手な慰めにもならないだろう。もしかすると、エリサを庇ってディーノが怪我をしたのは事実なのかもしれない。
けど、それは決して彼女のせいではないと思った。思いやりや正義感が人一倍強くて、間違ってることや誰かが困っていることを放っておけない、心優しい女の子なのだ。
「ほんと、ただまっすぐなのよね」
「え……?」
エリサが顔を上げて聞き返した、その次の瞬間。
ドォオオオーーーン……
外から地鳴りのような、大きな音が響いた。少し遅れて足元も揺れる。わたしたちは顔を見合わせ、窓に駆け寄った。ここからだと様子がわからなかったが、遠くに人の声も聞こえたので、何かが起きたのは間違いないようだ。
「……あれ、まさか」
ポツリと呟くと、エリサは踵を返して走り出した。突然のことに対応できず、わたしは部屋を出る彼女をポカンとしながら見送ってしまう。数秒後、ハッとしてようやく追いかけたが、エリサはあっという間に救護所を出てしまっていた。
(危ないって言ったそばから!!)
やはり、いくらただまっすぐなだけとはいえ、後先考えない行動は改めさせるべきかもしれない。