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60.気になるから目立つ

 

 手や足に重みを感じる。それと同時に目を開けると、視界に飛び込んできたのはひとりの男だった。


「……ッ!!!」

「寝込みを襲われても知らないよ」


 いつか聞いたようなセリフを口にして。咄嗟に蹴りあげようと足に力を込めるが、男は――ディーノはすでにわたしの両手をひとまとめに押さえ付け、両足は自身の体で体重をかけて、自由を奪っていた。離して、と叫ぶより早く、彼の手が近づいてくる。その手には―――


(ウソでしょ!?)


 ナイフ……!顔を背けながらギュッと目を閉じて、痛みを覚悟する。首もとにチリッとした鈍い痛みが広がった。


「ッ、いや、待って、」


 ディーノは何も言わない。


「た……助けて、お父さんッ!!!」






 ハッと目を覚ました。

 荒い息切れと、全身が心臓になったように脈を打つ音。それが自分のものだと気づくのに時間を要した。おそるおそる横を見ると、隣のベッドに腰かけていたディーノが、こちらを見て僅かに眉を寄せている。


「……悪い夢でも見たのかい」

「……ぇ………?」

「………いや。もう着くから、起きて準備しといた方がいいんじゃないの」


 立ち上がり、わたしから目を逸らすと、ディーノはそそくさと部屋を出ていった。それを呆然と見送ってから、手が自然と首元を触る。ペタ、ペタと念入りに。そこに傷ひとつないことを確認して、ドッと全身の力が抜けた。


 …………夢か。なんてリアルな。とんでもなく疲れてたんだな。たぶん、ずっと緊張しっぱなしだったから。さっきのディーノの様子からして、もしかしたらわたし、うなされてたんじゃない? しかもあまりの恐怖から誰かに助けを求めてしまったような気がする。ダメだな……もっとしっかりしないと。


 気を取り直して、わたしはディーノに言われたとおり荷物をまとめることにした。およそ三日間の船旅がもうすぐ終わる。ゲームなら、船が魔物に襲われるとか、予定外の土地に座礁するとか、そういうイベントがあったかもしれない。しかし今回は極めて順調な船旅だった。さすがゲーム開始前。世界はまだまだ平和そのものだ。


 無事にティターナ港に到着すると、他の客たちと同じようにわたしたちも船から降りる。頭上を白い鷹(ホワイトホーク)が旋回しているのを見上げ、思わず呟いた。


「お友達……」


 ゲームでアイリーンが、『ディーノの唯一のお友達』とよくからかっていた。それくらいいつもディーノの近くにいたということだ。現に今も、ミッドガフドから遠く離れたティターナまで、彼(彼女?)はついてきているので、お友達というより恋人みたいな健気さだと思う。………わたしは恋人なんていたことないけど。鷹ですらリア充だというのに。


 ひとりで勝手に傷ついているわたしのことなんて知らず、ディーノはちらりとこちらを一瞥すると、黙ったまま街に向かって歩き出した。慌てて小走りで追いかけていくが、ディーノは速度を緩めない。


(完全に警戒されてるな……)


 仕方ないこととはいえ、少し凹んだ。ゲームでは仲が良かった分余計に。

 でも、ゲームの未来を変えるってことは、ゲームと同じことをしてても意味がないってことだ。だからこういうことにも少しずつ慣れていかないといけない。そうだ、ポジティブになろう。頭を切り替えていこう。船の中ではディーノとほとんど会話がなかったおかげで、時間が有り余っていたのでずっと考えることができたじゃないか。フランのラスボス化を防ぐために、わたしができることを。


 単純に考えて、ゲーム通りに進むとフランはラスボス化するわけだから、できるだけゲームの内容から外れていきたい。しかし、『これをしたら確実にフランのラスボス化を防げる』という切り札はわからないままだ。だったら、


(フランと繋がってる連中………なんとかできない?)


 放置してたら、ゲームスタート時にフィーネの村が襲われてしまう。フランの手引といえ、実行犯は反皇女勢力。その時まで手をこまねいて見ているつもりはなかった。


 皇女がこの街にいるなら、連中もここにいる可能性が高い。


「さっきから何考え込んでんだ」


 ハッと顔を上げる。久しぶりに口を開いたディーノは前を向いたまま、こちらを見ようともしない。


「横歩け。目立つ」


 素っ気ない言い方だが、大人しく言われたとおりにした。三歩ほど後ろを歩いていただけなのだが。


「だれも気にしてないと思うけど……」


 わたしたちのことなんて、旅行客くらいにしか見えないだろう。ティターナは人通りが多いし、見慣れない人たちがいてもそんなに目立たない。


「気にしてない、なんていうのはお嬢ちゃんの主観ってやつだよ。客観性も証拠もない。案外気にしてるかもよ、他人の方が」


 首を傾げていると、ディーノは続ける。


「例えば、俺はお嬢ちゃんのことなーんも知らないけど、証拠があったらある程度推測くらいできるっしょ。お嬢ちゃんの境遇とか、考えてることとか。だから気になるわけ」

「うん………?」

「だから目立ってしょうがないって話」


 ……………うん?つまりどういうこと???


「気になるから目立つ……ってこと?」

「そ。」


 気になるって……わたしが?

 目立つって………周りにじゃなくて、ディーノにってこと??


「……わたしのことが気になって仕方ないから後ろじゃなくて隣を歩いてくれって言いたいの?」

「そこまで言わないけども」

「ッ、ふふ……っ」


 思わず笑いが零れた。いつも軽口しか言わないくせに、この男は……!


「わかりづらすぎるでしょ!」

「……そりゃ悪かったね」


 思わず声に出して笑ってしまった。ディーノは面白くなさそうにむすっとしている。

 そういえば、彼はゲームでもこんな性格だったなと思い出した。いつもふざけているせいで、本音がわかりづらい。冗談めかした言い方しかしないから、本気の言葉がなぜか素っ気ない。というか怒っているように聞こえてしまうのだ。損な性格、昔からだったのね。


「証拠って……ふふっ、わたしのどこがそんなに気になったのよ」

「どこってね。寝言で『待ってーお父さーん』って泣いてたらそりゃ普通気になるっしょ」


(え。)


 笑いすぎたのが癪にさわったのか、不機嫌になった彼の口から飛び出した言葉に、目を見開いた。ディーノは決まり悪そうに顔をそらす。


「……もう詳しい事情は聞かないよ。俺も言えないことあるしな」

「ディーノ……」

「それに、よく考えたら、お嬢ちゃんみたいにちっこいのが何か大層なことできるわけないもんねえ」

「なっ、なんですって!?」


 ディーノはおかしそうにケラケラ笑った。その笑い声で、はりつめていた緊張の糸がほどけていく。彼から感じた壁も、わたしが作ってしまった溝も、気まずい空気と一緒にいつの間にかなくなっているのがわかった。


「………ありがとう」


 わたしが何も言えなかったせいで、不信を抱いたのだろうに。心配してくれて、信用してくれた。笑うディーノには聞こえないくらい小さな声だったが、感謝を口にする。


 それにしても。


(『待って、お父さん』………か)


 無意識下で父を呼んでしまったらしい。


(きっとディーノの中では、わたしがお父さんと別れる夢でも見たってことになってるわね)


 実際はディーノに殺されそうになり、咄嗟に助けを求めた相手が父だった、という夢だ。


(絶対内緒にしよ)


 わたしなんかただの不審な小娘でしかないだろうに。そんな人間を本気で心配してくれるような優しい人に、罪悪感でいっぱいになる。今日見た夢の内容はきれいさっぱり忘れようと心に決めるのだった。




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