57.遠縁です
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殿下方がこの村を発つと、すぐにその者たちが訪ねてきました。
「アイリーンがいない?」
燃えるような赤い目を丸くして、繰り返した少年はハンス・ハドマンです。
「正確には出掛けられました。私は留守を任されています」
「あんたは誰なんだ?」
不思議そうに首を傾げる少年は、セドリック・ハドマンです。フラン・ハドマンと同じく、空に透けるような銀髪と、海のような青い瞳をしています。一目で親子だとわかる風貌です。
「アイリーンの親類の者です。ヴィオラと申します」
よく名乗る偽名を使い、一礼してみせると、お二方は顔を見合せました。その目に不審な色が浮かんでいるのがわかります。どうやらあまり信用されていないようです。
「親類ってどういう関係なんだ?」
「遠縁です」
「父方? 母方?」
「父方だったかと思いますが、あまり詳しくは―――」
「えっ、アイリーンのお父さんが見つかったのか!?」
「まさか、それでお父さんを連れ戻しに……?」
…………。なるほど、どうやら家主様のお父君は以前より行方不明となっているようです。もちろんお父君は見つかっていないので、彼らの推測はハズレです。
「ヴィオラ、アイリーンはどこ行ったんだ!?」
「村の外です」
「だからどこ!?」
何やら焦っている様子です。家主様が行っては都合が悪い場所があるのかもしれません。もしかするとフラン・ハドマンに関することでしょうか。
鎌をかけてみましょう。
「アイリーンは王都に向かわれました。正確にはローレンシア王国の首都ガドラニアです」
「ガドラニア……?」
「四年間フラン様がいたとこだ」
少年たちは顔を見合せ、何かを通じ合わせると、同時に私に背を向け走り出しました。どうやら揺さぶりが成功したようです。やはり、フラン・ハドマンは子どもたちを手駒のように扱い、自らの手を汚すことなく、国を混乱に陥れようとしていた。ガドラニアに何かあると確信した私は、急いで彼らのあとを追うことにしました。フラン・ハドマンに言い付け、何らかの妨害策を講じるつもりでしょうが、その現場さえ押さえれば奴の不信を暴いたも同然。必ずや証拠をモノにしてみせます。
――ところが。
「なんだ、ヴィオラも行くのか」
「魔物と戦うけど平気?」
家に戻った彼らは、武器を持ち旅支度を終えすぐに出てきました。
「まさか今から追いかけるのですか?お二人だけで?その……保護者の方は」
「言ってきたよ」
「『気をつけていってらっしゃい』って」
言うや否や、足早に村の出口へと向かう二人を、私は呆然と見送ってしまいました。なぜなら予想外の展開だったのです。まさか、そうくるとは。
(……――子ども二人だけで十分だと判断したのか)
妨害工作員が子どもたった二人。
フラン・ハドマンは我々を相当見くびっているようです。これは是が非でも、私も王都ガドラニアへ戻る必要があるでしょう。
「殿下にご報告しなければ」
ピュウと指笛をふきます。殿下のご友人、ホワイトホーク様をお呼びするためです。決まった人間の指笛に反応し、どこにいてもかけつけ、最後は必ず殿下のもとへと飛んで行くという、人間よりも優秀な伝書鳥なのです。これを使って殿下に文を送る、つもりだったのですが……
(何か持っている……?)
頭上を旋回し、やがて降り立ったホワイトホーク様は、すでに足に何か紙をくくりつけていました。殿下から急ぎの伝令かもしれないと思い、急いで取り外します。ですが、そこにあったのは―――
(―――!)
皇女殿下から、王国騎士ディーノへ向けた文でした。
(暗号……)
あの皇女に知恵を仕込んだのはおそらく殿下でしょう。私は難なく解読します。
『コクナイ ニテ シンカ ニ ムホン ノ ウゴキ アリ ガクモン ノ マチ デ マツ』
(救援要請か)
迷いました。実は私の主様は、ディーノ殿下を次期王に据えたいようなのです。このまま皇女からの要請を握り潰すことが、主様の意に沿うものと思われます。
けれど、今は。
……何も見なかったフリをすることにしました。私からの文も、皇女殿下からの文とともにホワイトホーク様の足にくくりつけます。これで殿下はどちらも確認してくださるでしょう。
正直なところ、どちらが次期王に相応しいのか、今の私には判断しかねます。皇女を切り捨てるのは今の任務を終えてからでも遅くはないでしょう。…………いずれ主様から正式な任務として預かることになるやもしれませんが。
「……今は、まだ」
予定通り、私はフラン・ハドマンの手駒である子どもたちを追い、王都ガドラニアに向かうことにしました。殿下はおそらく皇女の要請通り学門の街ティターナに向かうでしょう。ガドラニアとティターナの方角は同じなので都合が良い。
私の任務は、フラン・ハドマンの捜査及び、
ディーノ殿下の監視なのだから。