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56.それはお互いさまでしょ

 

 海の音がすぐそこまで近づいていた。朝日が眩しく、白い外壁に覆われた建物を明るく照らしている。人もまばらな早朝の町中には、カモメに似た白い鳥が飛び交っており、町全体がより白く感じられた。


「わたし港町って初めて。トリノはどんなところなの?」

「ちょっと気の荒い連中が多いけど、いいとこだよ」


 もちろんゲームでは何度も訪れたことがあるけど、今世では初めてなので尋ねてみれば、気になる単語を残してディーノはさっさと港へと向かった。どうやら一分一秒が惜しいらしい。ここに来るまで魔物との戦闘も少なからずあったのに、休憩はナシということか。どんだけ早く皇女の元へ行きたいのよ。

 朝一番の船に乗れる手配を済ませると、わたしたちはそのまま出港予定の船に乗り込んだ。観光目的じゃないとはいえ、誰とも会話することなく素通りする町になるとは……なんとなく寂しい。


「疲れたでしょ。船の中で休んどきなね」

「ディーノこそ。昨日は寝てないんじゃないの?」


 ずっと起きていたじゃないかと指摘してみれば、瞬間、彼はサッと顔色を変える。え?と戸惑う間もなく、胸元に手を構え、鋭い目付きでわたしを睨み付けた。おそらくそこに短刀を忍ばせているのだろう。わたしは自分の失態に気づかなかったが、ディーノは声を落としてわたしを糾弾した。


「なんで知ってる」

「え、え??なにが、」

「名前」


 ハッとした。心の中だけでとずっと気をつけていたはずが、とうとう口を滑らせてしまったのだ。


「だ、だって『デンカ』って呼ばれてたから、」

「そいつは妙だな。なんで『殿下』の名前が『ディーノ』だと思った」

「それは…っ」


(しまった……!第一皇子の存在は公にされてないんだった!)


 ひとりであわあわしていると、ディーノは警戒を緩めないまま、にやりと口許を歪めた。………これわたし大丈夫?海に沈められない???


「隠し事はナシで」

「………」

「そういうわけにもいかない感じかい?」


 ………。うん。よし。もう一か八かだ。これで海に沈められたら一生恨んでやる。


「……それはお互いさまでしょ」


 強気に言葉を返すと、ディーノは目を丸くした。わたしはフンとそっぽを向き、腕を組んで開き直る。


「最初から隠し事しかしてなかったくせに」

「そりゃあね。まさか田舎村のお嬢ちゃんが俺のことをご存知とは思わなかったもんで」

「最初から知ってたわよ。あなたのこと」

「………やっぱ俺に用があるのか」

「さあ。ついてきたのは確かに理由があるけど」


 すまして答えながら、内心は冷や汗をかいていた。……本当のことを言うわけにはいかない。


(だって、未来を変える手がかりがほしいんだもの)


 わたしの目標はフランのラスボス化回避だ。そのためにいずれ彼と接触するだろう皇女の動向を知りたい。『フランのラスボス化を回避するための作戦』略して『ラスボス作戦』に役立つかもしれないから。

 それに、ゲーム通りフランが反皇女勢力と繋がっているのなら、皇女の動きを知ることは必要不可欠のはずだ。


(つまり用があるのはあなたじゃないのよ……)


 ぶっちゃけ、ディーノの動きは今のところどうでもいい。気になるのは皇女だ。


「……俺さ。守りたい子がいるんだ」


 ディーノは静かに言葉を落とす。耳を澄ませ、ごくりと喉をならした。


「あの子のためなら何でもする。誰にも手出しさせない。今もキミの手足縛って海に投げ棄てたいくらい」


 …………怖ッ!!!なにあっさり殺害予告してくれてんの!? あなたほんとにただのシスコンなんでしょうね!? 一瞬ラスボスより怖いと思っちゃったじゃないの!! いや、皇子に対して不敬なのはわかってるけど。


「なにもしないわよ……」

「言い切れる根拠は」

「わたしにも守りたいものがあるから。人のものに手出してる余裕ない」


 なにより海に沈められるなんて真っ平だ。


「それは理由にはなるけど根拠としては薄いんじゃない?」


 しつこいな。本気で皇女が大事なのはもう十分わかったってば。


「根拠……。たぶん、その子と仲良くなれる気がするから?」

「は、なんだそれ」

「ひねくれてない子は好きなの。あなたと一緒でしょ」

「………」


 話しているうちに、ブオォーーーンという船の出航合図が響いた。甲板に出ない限り潮風にあたることもないので、あとは大人しくティターナ港に到着するのを待つだけだ。わたしたちはどちらからともなく会話をやめ、しばらくは船が動き出す音に耳を澄ませていた。


「……なーんかアホらしくなってきた。疲れたし寝よ」

「寝込みを襲われても知らないわよ」

「それは困るね。数年後なら大歓迎だけど」


 ゴロリと簡易ベッドに横になる。そのままわたしに背中を向けたディーノから、しばらくして寝息のようなものが聞こえてきた。

 ……本当に寝てるの? ならわたしも休みたい。けど、寝てる間に海に沈められるかもしれないと思ったら休める気が全くしない。休めるときに休んでおきたいのに、このシスコンめ……!


 それでも少しだけ休めたらと、同じ部屋にあるベッドに身体を横たえた。さっきまでの会話が脳内でぐるぐるし、頭はすっきりと冴えている。


 ――とりあえず、思うことは。


(―――――ああぁ……言っちゃったなあ……)


 後悔と反省。可愛げなくポンポンと言い返してしまうのはわたしの悪い癖だった。しかもディーノだけじゃなく皇女のことまで知ってるふうに匂わせてしまった。彼を警戒させてもメリットなんてないどころか、今後の行動に支障が出るだけだというのに。なんで皇女のことまで知ってるんだと問い詰められたら、どうやって言い訳しよう……。


(いっそ予知夢でも見たことにしよっかな……巫子だし、なんとかなるんじゃない?)


 巫子にそんな便利設定なんてないけど。


 現実逃避したくて都合の良いことばかり考えながら、わたしはいつの間にか眠りについた。





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