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55.海に落ちたら沈みそう

 

 アイリーンは寝起きがいい。はっきりと意識が覚醒するまで、それほど時間はかからなかった。


「………なにしてるの」

「あ、起きた」

「起こした、の間違いでしょ」


 ベッドの端に腰掛け、眠っていたわたしをじっと見つめていたのはディーノだった。他人の気配に敏感というほどでもないわたしがこんな真夜中に目を覚ましたのは、きっと彼に名前を呼ばれたからだ。見られているだけなら間違いなく明日の朝まで夢の中だった。


「ごめんね」

「……どうかしたの?」


 どこか元気がないように見え、体を起こし声を潜める。ディーノは寂しそうに笑って、わたしの頭にぽんと手を置いた。


「思ったより時間なくなっちゃったから、ちゃちゃっと行ってくるわ」

「どこに?」

「ティターナ」


 短く言葉を切り、手が離れていく。彼はそのままベッドを降りると、壁に立て掛けていた細身の剣を腰にさした。部屋を出て行こうとするのを、慌てて呼び止める。


「ちょっと待っ、」

「ライくんにもよろしくね」

「……っ、時間がないってどういう意味?そんなに早くスヴェンさんから話を聞きたいの?」

「ちょい別の用事」


 話しながらも、背中を向けたままのディーノは今にも走りだしそうだ。その様子にまさか!?と焦ったわたしは思わず声を張り上げた。


「な、ならわたしもいく!」

「はい?」

「一緒に行くわ」


 振り返ってくれた彼の表情は読めない。でも、わたしの必死さは伝わったのか、足は止めてくれた。


「……なんで?」

「なんで、って、」

「理由もないのに連れてけないんだよね。危ないし」


 片手をあげ、軽く払う動作をする。軽薄な態度だが目は笑っていなかった。本気で一人で行くつもりなのだろう。こんな夜中に。そしてその理由はおそらく。


(皇女に動きがあったんだ!)


 もともとディーノがここにいること自体ゲーム通りじゃないので、何が起きているのかはわからないのだが、用心深く慎重派な彼が突然行動を起こす理由なんて皇女関連しか考えられなかった。だってシスコンだし。


「………」

「そんじゃ、俺はこれで」

「わかった。じゃあ勝手についてく」


 ひょいと飛び降りて、外套を羽織る。ディーノは切れ長の細い目を限界まで見開いた。


「それなら問題ないでしょ」

「おい」

「理由もいらないわね」


 ライナルトへ簡単にメモを残すと、ディーノを追い越し、店の方へ向かった。丸腰なので武器を調達するのだ。お代は後払いでも許してくれるだろう。


「……面倒見てる余裕ないんだけどね」

「わたしはまだ余裕だから、面倒見てあげてもいいわよ」


 すぐ後ろからついてきた彼に、振り返らずに返した。上等そうな剣を手に取り、重さを確かめようと持ち上げ―――――た途端、ヒョイとそれを取り上げられる。頭の上から押し殺したような笑い声が聞こえた。


「くく……っ、生意気なガキ」

「なっ、返してよ!」

「身の丈に合わない獲物は使わない。もて余しちゃうよ」


 くるくると、片手で器用に回しながら、ディーノはその剣を元あった場所に戻した。悔しいが言う通りなので、未練がましく見届ける。


「――じゃあ、ナイフの使い方を教えてくれる?」

「ナイフ?」

「魔物に向かって投げてたでしょ」


 店内をキョロキョロしていると、まるで始めから知っていたかのようにディーノはその場所へ足を進める。店の商品である小型のナイフを、片手でひょいと上へ投げ、器用にキャッチしてみせた。


「短刀のことか。べつにいいけど、あんまオススメしないよ」

「どうして?」

「身軽そうに見えるかもだけど、消費が激しいから常に何個も持ち歩かなきゃダメ。結構重いんだよね、これが」

 

 そうなんだ。じゃあやっぱりディーノはすごい。ゲームでも短刀使いで、敵に向かってバンバン投げていたし。


「身体中に短刀を仕込んでるのね」

「まぁね」

「海に落ちたら沈みそう」

「縁起でもないこと言わないでよ……」


 ミッドガフドからティターナまではほとんど船旅になる。港町トリノとティターナ港までは一直線だ。


「それでも教えてほしいな。自分の身は自分で守れるようになりたいし」

「……頼もしいこと」


 言葉とは裏腹に呆れたように眉を潜める。彼はその剥き出しの短刀をわたしに向かって投げてよこした。――って!!


「ちょっ!危ないじゃない!!」

「こらこら逃げないの。ソイツを自分の手足みたいに扱えるようになるまではなーんも教えてあげないから」

「そ、その扱い方を教えてほしいって言ってるのに!」


 ひらひらと手を振りながら、いつのまにか出て行こうとする。わたしは短刀ひとつを装備して、早足に彼を追いかけていった。



 

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