表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/86

54.人手が足りなかったのかもよ

 


 大通りの門をくぐり、賑やかな音や声に包まれる。久しぶりの感覚だ。


「……少しだけど、人が減った?」

「おう、一時期よりはだいぶな」

「そっか……」

「これくらいでいーよ。なんとなく、みんなうまくやれてる」


 ライナルトはさっぱりした表情でニッと歯を見せた。顔をあげたわたしは、恐る恐る周囲を見渡してみる。


 人々の笑顔は、四年前と変わらなかった。


「……活気があっていい町ね」

「だろ!」


 ライナルトの返事に救われながら、ほっと息をついた。本当のことを言うと、少し心配だったのだ。スザンナを追い出したことで、ライナルトのようにミッドガフドの地元住民は喜んだかもしれない。だが、外から入ってきた移民たちにとってはどうだったのだろうと。長期的に見たミッドガフドの発展を、わたしは阻害してしまったのではないか。そんな不安が少なからず残っていた。


 自慢気に歩き出したライナルトのあとに続く。口元に自然と笑みが広がった。


(これなら安心、かな)

 

 スザンナはあれから一度も町に顔を見せていないと言う。人も町もある程度落ち着きを見せているが、活気は四年前と変わらない。これこそ、商業の町ミッドガフドだ。


 *


「あれ、もう店閉めちまってる」


 武器屋カザミドリの正面扉に掛けられた札を見て、ライナルトが呟いた。ここまで大人しくついてくるだけだったディーノがわずかに反応し、眉を動かす。


「ライが出掛けたから、人手が足りなかったのかもよ」

「そっかあ?……あ、つーか、さ。その、名前……いつのまに、」


 振り向いてゴニョゴニョと口ごもるライナルトに首を傾げていると、ディーノが彼を押し退けて扉に手をかけた。


「……留守みたいだね」


 意味を理解したライナルトが鍵を開ける。ディーノが先頭を切り、おじゃましまーすと中へ入っていった。


「やっぱ誰もいないけど」

「そんなはずねーよ、今朝までいたのに。おーいスヴェンっ!」

「……確かに静かね」

「どっか行ってんのかね?」


 奥へと進んでいくライナルトに続く。店内をざっと見渡すと、四年前は置いていなかった新しい武器が、所々に売り物として並んでいた。うまく商売が続いているようでよかった。


「あッ、スヴェンのやつまさか……!」

「どうしたの!?」


 大きな声を上げたライナルトは、居住スペースにあるテーブルから一枚の紙切れを手にしていた。メモ書きか何かだろうか。それを見て驚いている彼に近づいて、覗き込もうと背伸びを、


 ――した瞬間、グシャリとそれを握りつぶされた。


「ンのやろお…ッ!」

「え、なに? 何が書いてあったの?」


 顔を真っ赤にして、ライナルトはわなわなと拳を震わせた。怒っている?どうして?ちらっとしか見えなかったけど、スヴェンからのメモと思われる紙には『くれぐれもムリにしないように』と彼を心配するような言葉が綴られていたのに。ちょっと日本語が変な気もするけど、そもそもここは日本じゃないので些細な問題だろう。


「なにが書いてあったのよ!」

「うわ!なっ、なんでもねえよッ!」


 顔を近づけて耳元で叫ぶと、ライナルトはバッと跳びずさり、そっぽを向いてしまった。そんなに驚かなくてもいいのに。「アイツなに考えて……!」「そんなんじゃねえっつってんのに……っ」と口許を覆いながらぼそぼそ呟いているが、一体何のことだろう。


「どっか出てるだけならすぐ帰ってくるかもしんないし、ここで待ってようよ」


 窓に近づき外を見る。ディーノの言葉にわたしも頷いた。


「まだ明るいし、大丈夫よね」

「今日中に帰るつもりかい?」

「えっ、帰れる……でしょ? 子どもたちに黙ってきたからあんまり遅くなりたくないんだけど」

「………まあ、家のことはヴィオレットちゃんに任せて、ここでのーんびり待とうや」

「いや待て。スヴェンのやつ、ティターナに行ったっぽいぜ」


 ディーノがすっかり腰を落ち着ける気でいたところに、ようやく気を取り直したライナルトが横から口を挟んだ。わたしは目を丸くする。


「ティターナって……学問の街ティターナ?」

「武器材料の仕入れだと。ったく、こんなタイミングで行くなっつうの」


 ケッと吐き捨てるように言うライナルトは本当に嫌そうだ。対照的に、ディーノは面白そうに口角を上げる。


「まるで今日客人が来んのを知ってたみたいなタイミングだね」

「ッ!」

「それは考えすぎよ」

「さあてね。ま、俺は含まれてなかっただろーけど」

「? どういうこと?」

「どどどういうことでもねえからッ! テメエおい糸目ッ、余計なこと話してんじゃねえ!」


 ライナルトはなぜか顔を赤くして声を荒げる。ディーノはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。わたしは頭の中をハテナマークでいっぱいにするが、二人はアイコンタクトを取るだけで、フイとわたしから顔を背けてしまう。

 道中の戦闘といい、この軽快なやり取りといい、二人はいつの間にか仲良くなっていたようだ。………わたしを置いて。まあ、べつにいいんだけど。男の子同士話が合うこともあるんだろうし。べつにいいけど。でもわたしだって女の子の仲間がほしい。ムスッとしていると、やがてライナルトがコホンと咳をひとつした。


「しばらくは帰らねえな。ティターナは遠いし」

「内陸で行こうと思ったら十日以上はかかるっけね。山超えだから馬は無理だし。こっから行くならフツーは港町トリノから船でしょ。これなら五日もあれば行ける」

「おう。スヴェンもいつも通り船で――って、なんだ詳しいのかよ」

「……ま。どっちみち留守ってことで、ヴィオレットちゃんには報告しときますかね」

「あの女に? ここからどうやって」

「どうにかして」


 はぐらかすディーノに、ライナルトは嫌そうに顔をしかめた。おそらく、()()()()()のだ。ゲームでのディーノは、『ホワイトホーク』と名付けた白い鷹を連絡手段に使っていた。「古い付き合いだ」って言ってたけど、本当だったんだ。ディーノの言うことを理解しているかのように世界中を飛び回る、賢い鷹だ。彼(彼女?)ならフィーネまでひとっ飛びだろう。

 ―――だけど。


「一旦フィーネに戻った方がいいんじゃないの?」

「その決定も含めて、ヴィオレットちゃんの指示を待つんだよ。あの子優秀だから」


 自信満々に年下のヴィオレットを頼りにするディーノに呆気にとられ、言葉を失う。そりゃ優秀なんだろうけど。

 そもそもヴィオレットなら、皇子であるディーノの意向や決定を優先するんじゃないだろうか。彼自身はあまり皇子の権威を使いたくないのかもしれないが、間違いなくヴィオレットからは「殿下」と呼ばれ、敬意を払われていたのだし。


(あ、わたしたちにはまだ身分を隠してるんだっけ)


 ゲームですでに知り得た知識を持っていない前提で対応するのは、こんなに気を張るものだったか。そろそろ疲れてきた。というより面倒なので、なんとか口を割らないかと探りを入れてみる。


「……あなたとヴィオレットって、どういう関係なの?」

「ん?んー………ご主人様と犬、かな」


 どっちがどっちなのかは敢えて聞くまい。真剣な顔で答えたディーノに、ドン引きしているライナルトを慰める。


 結局、これからどうするかについては、ヴィオレットの指示を待つため、わたしたちはカザミドリで一晩を過ごすことに決めた。たぶん一旦フィーネに帰ることになるんだろうけど。


(セドリックもハンスも、―――ヒルデも、怒るだろうな)


 いずれにしろ、明日帰ったとき彼らへどう対応したものか、今から憂鬱だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ