53.今日中には帰れるでしょ
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翌日から、ヴィオレットたちの作戦は開始された。
「なあ、マジで行くのか?」
もう半分ほどの距離を過ぎたにも関わらず、信じられないものを見るような目を向けてくるライナルトに、頷きで答える。
「ええ行くわ」
「アイツらになんも言わずに?」
「ちょっと隣町に出かけるだけだし、大丈夫だって」
ライナルトの言う『アイツら』とは、セドリックとハンスのことだ。というのは確認済みなので、わたしは何度目かになる同じ言葉を返した。それでもまだライナルトは複雑そうだ。理由がわからず、わたしはもう一人の同行者に同意を求めるように首をかしげた。
「アイリーンちゃんのお友達のこと?」
「うん……教会の子どもたちなの」
ディーノはパチパチと何度か目を瞬く。そう、出かける目的が目的なので、あまり口外できないというのも事実だ。
わたしたちは、ミッドガフドにいるスヴェンに会いに行く。昔のフラン・ハドマンに関する聞き込み調査をするためだ。
(今のフランについてはわたしがよく知ってるもんね)
そして王都にいた四年間の彼は、ヴィオレットやディーノの方がよく知っている。つまり本気で聞き込み調査をするなら、フランの『過去』について知らなければならない(わたしはゲームで知ってるけど)。ということで、ヴィオレットたちの作戦はフランの過去を知る人物を探すことだった。
そこでスヴェンだ。彼なら昔教会にいたから。ディーノやライナルトと共に、わたしは今隣町のミッドガフドへ向かっているところだ。
「お友達に言わなきゃマズいのかい?」
「問題ないわ。今日中には帰れるでしょ」
「ふうん。ま、いいんじゃない」
隣町に行くくらい、とディーノは軽快に笑う。彼の言うとおりだ。もう例の魔術も使えるので、危険も少ないし。
「あ。そういえばライナルトは何しにウチに来たんだっけ?」
用があってうちに来たんだろうに、結局その用が何かすら聞けないまま、ミッドガフドまで戻ろうとしていることに気付いた。こちらの都合で引っ張り回しているようで申し訳ない。
「え。あー……ま、いいよ」
ほとんど終わった、と呟いたライナルトは、横を向いて顔ごと視線を逸らしてしまった。その態度を不思議に思っていると、横でディーノが何かに気付いたように声を上げる。
「お、敵さんのお出ましかね」
なんてことないような言い方だったが、その内容からわたしたちは瞬時に戦闘態勢に入る。前方から、背中に大きなトゲが何本も生えた、巨大な亀のような魔物が三匹、亀とは思えないほどのスピードで向かってくるのが見えた。名前はさすがに覚えてないが、そいつらはトゲだけじゃなく噛みつく鋭い牙もあり、また背中のトゲを飛ばして遠距離攻撃もしてくるので、かなり厄介な敵だったと前世の記憶を引っ張り出す。
ライナルトはとっくに走り出していたが、身構えたディーノは少し様子見を選んだようだ。その場から動かず、周囲を警戒している。
「おぉー豪快だねえ」
ライナルトが大剣を横にブンっと払う。そのただの風圧でひっくり返った亀の魔物に、ディーノはヒュウと口笛を吹いた。亀は背中のトゲが地面に刺さって簡単に起き上がれないのだ。
「気を抜かないで、あと二体」
「へいへいっと」
ディーノは帯剣しているが、それには触れず、上着の内側に手を入れ、一本の小型ナイフを取り出した。数秒、狙いを定めるように手元で遊ばせ、勢いよく放つ。まるでダーツで遊んでいるような綺麗な所作だ。ヒュッとまっすぐ別の亀に向かっていくそれを、スローモーションのように目で追った。ナイフは首の付け根あたりに命中する。亀は悲鳴とも雄叫びともとれるような奇声を発し、その場に倒れこんだ。
「あとは任せたよーライくん」
「おう!」
隙のできた敵たちをライナルトが一掃する。いつのまにか息ピッタリの二人に驚くが、わたしは残り一体になった敵の動きに、慌てて声を張り上げた。
「ライ!うしろ!」
ライナルトは振り向き様に、足を使って剥き出しの牙を横から蹴りつける。体術と剣術を両方用いた戦い方は、ディーノの言うとおり豪快だった。けど、ただ力が強いだけじゃなく、的確な場面で的確な部位を狙う器用さもある。
まともに戦う姿は初めて見るが、間違いなく強い。四年前、彼に勝ったセドリックはどんな戦い方をしたんだろう。
「もう終わりか? 物足りねえ」
難なく最後の敵を斬り払った後も、ライナルトは好戦的な笑みを浮かべていた。
いや、全然物足りる。今の敵、こんな序盤から出てたっけ? ミッドガフドへ向かう道中に襲ってくる魔物なんて、せいぜいピヨピヨやウルフくらいだったと思うのに。
「ライ、腕をみせて」
わたしはキョトンとする彼に近づくと、剣を持たない方の腕を掴み、服が切れ、血の滲んだ部分に手をかざした。背後から襲ってきた魔物を振り返った瞬間、無意識に体をかばった腕が、少し牙をかすったのを見逃さなかった。
「こんくらい平気だぜ?」
「なんですって?」
有無を言わさぬ笑顔でライナルトを大人しくさせ、治療をする。治った感覚がしてホッと目を開くと、いつの間にか隣にいたディーノが驚いたようにこの光景を凝視していた。
「アイリーンちゃん、巫子だったんだ……」
「え?」
……あ。そういえば、うっかり言ってなかった。確かに、戦闘において回復役がいるかいないかでは精神的な安心感が全然違うだろう。……巫子がいるから怪我をしてもいい、なんて思われるのは不愉快だが。
「あの、言ってなかったけど、実は村を出たときからちょっとした術も使ってたの」
「えっ、どんな?」
「ホーリィっていう魔物が近寄りにくくなる術なんたけど」
早くミッドガフドに着きたいし、魔物と戦闘する時間が惜しい。戦闘好きでもないのに。
「そんな術どこで覚えたんだい?」
(前世です。)
あと、実は二人の攻撃力とか守備力とか、その他諸々のステータスを上げる術も使っている。言わないけど。………万が一、大怪我でもされたら困るじゃないか。
「子どもたちとフィーネの森で遊ぶとき、そういう術があれば便利だなと思って」
「自分で考えたの?」
「あ!どおりで全然魔物が出てこねえと思ったら!アイリーンのせいかよ!」
「わ、わたしのせいとは何よっ、わたしの"おかげ"でしょ!?」
「俺はもっと戦いてえっつーの!」
「何かあったらどうすんのよ!」
あっという間に言い合いになるわたしたちに、ディーノは大きなため息をついた。フィーネに残してきたヴィオレットが恋しくなったのか、小さく彼女の名を呼び始める。助けを求めるような声にも聞こえたが、もちろん彼女が現れることはなかった。
ヴィオレットは、村を出る直前まではついてこようとしていたのだが、わたしがこっそりホーリィの魔術を使うと、まるでそれを待っていたかのようにコロリと意見を変えた。「家主様、ライナルト殿。殿下を宜しくお願い致します」と頭を下げ、ディーノの護衛役をあっさりとわたしたちに譲渡したのだ。いや、仮にも貴女が将来国王にと推す皇子殿下よ!? 責任持って護衛してよ!? というわたしの心の声は届かず、「家主様をお守りするという約束でしたのに申し訳ありません」と見当違いの謝罪をされた。わたしの護衛なんて最初からいらないわよ!別方向から聞き込みするのだとかなり張り切っていたけど、それは皇子の護衛より重要なんだろうか……。
「ほらほらふたりとも。もう到着するよ」
将来は国王ではなく皇女の近衛騎士になることを選ぶディーノが、声をかけてくるまで。ミッドガフドへの道中は、わたしとライナルトの声が響いていた。