52.そういう年頃なのね
独りきりから一転、ライナルトにヴィオレットにディーノという三人が集まり、我が家はあっという間に賑やかになった。そして、狭くもなった。なんでかって? 聞き込みのためデンカと作戦会議だからという理由で、ヴィオレットにうちのリビングへの立ち入りを禁止されてしまったのだ。――っていやいや!ここ誰の家だと思ってんのよ!!まったくもって釈然としない。一度こうと決めたヴィオレットの行動力よ。家主とはなんぞや。というわたしの意見は完全に無視されたので、仕方なく夕食の準備をしていた。そんなわたしの隣にライナルトが立つ。
「手伝う」
「え、できるの?」
「ったりめーだろ。男二人で生活してんだから」
言葉通り、手際よくわたしのサポートをしてくれた。荒んだ心がいくらか癒されていく。正直ありがたい。いつもはスヴェンと二人交代で料理してるんだろうか。剣を握る節くれ立った大きな手で、卵を割ったり野菜を切ったりしているのが何だか不思議だ。
(男の人の料理ってこんな感じなのかな)
まだ12歳の少年に対して思うことじゃない。そんなことはわかっているが、前世で独身どころか恋人すらいなかったせいであまり馴染みのない光景だったのだ。思い出すと悲しくなってくるので頭を振って目の前の作業に集中する。
「……なあ、一個聞いていいか」
「ん……なに?」
「アイリーンは、……コイビトっていんの」
思わずむせそうになった。必死に堪えて息を詰まらせるだけに留める。考えてたことバレてないわよね? どんだけタイムリーな質問よ!?
「っ、い、ないけど?」
「……ホントだろーな?」
「嘘ついてどうすんのよ……まだ10歳なのに」
わたしに言わせれば10歳なんてまだまだ子ども。恋人なんてできたら父親が卒倒すると思う。……まあ今は父親もいないけど。
「あ、でもライナルトは12歳か。もうそういう年頃なのね」
「ちっがッ!俺もいねーよ!!」
「えーほんとにー? でも興味はあるでしょ?」
「そ、そりゃ………じゃなくて!俺のことはどーでもいいだろ!? ンなの興味ねーし!」
「あらそうなの? 昔は結婚を申し込んでくれるほど積極的だったのに」
ふと四年前を思い出す。そういえばスヴェンとも結婚させようとしていたっけ。幼かった彼の言動にクスクスと笑っていると、いつの間にか隣が静かになっていた。しまった、からかいすぎたか。謝ろうとして慌てて顔をあげる。
ライナルトは真剣な表情で、わたしを見下ろしていた。
「アイリーン」
「は、はい……?」
「俺……じつは「失礼します家主様」
驚いて振り返る。ライナルトの言葉を遮るように口を開いたのは、いつからか背後にいた無表情のヴィオレットだった。彼女のさらに背後にはディーノもいて、彼は気まずそうに頬を掻いている。
「不審な子どもが二名この家に近づいてきているようです。排除しますか」
「ヴィオレットちゃーん、もうちょっと空気を――…あーなんかごめんね、ライサックくん」
「て、てめぇら……っ!」
「排除しますか」
「待って待って!子どもって教会の子どもたち!? ダメよ絶対!手出さないように!」
慌てて玄関に向かって駆け出した。夕食はいいって言ったのに!
(なんで来るのよ!)
外に出て待っていると、ヴィオレットの言うとおり子ども二人――セドリックとハンスが、わたしに向かって走ってくるのが見えた。手を振ると嬉しそうに同じ動作を返してくれる。本当にいい子達だ。
「アイリーン!一緒に夕飯食べよう!」
ただし人の話は聞かない。
「今日は遠慮しとくってば」
「どうして? 皆で食べた方が美味しいからねって、フラン様も呼んでたよ」
なるほど、彼らには善意しかないのだ。気持ちは嬉しいが、今は丁重にお断りしたい。三人を置いていくのは不安だし、なにより――、
(ラスボス(仮)との直接対決はまだ心の準備が……!!)
「ありがとう。でもやっぱり今日は家族水入らずの時間を過ごしてほしいから(お願い帰って!!)」
「アイリーンも家族だろ?」
「………うん、でも今日はね!(『家族』……まあ四年も一緒に生活してたらそうなるか……でもフランとは生活してないし!)」
「部屋の掃除が終わらないとか? だったら僕たちも手伝うよ」
「それは困る!(それは困る!中にはヴィオレットとディーノが!)」
動揺のあまり、心の声が口から飛び出してしまった。慌てて手で覆うが、二人はキョトンとしている。
――やばい。このままじゃウチに上がり込んでくる!
(いきなりヴィオレットたちと鉢合わせに……っ!)
張り切ったヴィオレットが容赦なく彼らを質問攻めにする未来しか想像できなかった。フランを信頼している二人は面白くないだろうし、わたしもそんな事態は避けたい。どうしよう、とぐるぐる考えながら、とりあえずここから離れようと覚悟を決め、ギュッと拳を握った。
「や、やっぱりわたしも一緒に「今日は俺と約束してんだ」
口を開いた瞬間、背を向けていた玄関の扉がガチャンと音を立てて開く。
「な、アイリーン」
ニッと歯を見せる。一瞬本当にそうだったかと思ってしまうほど自然な笑顔で。
「よォ、久しぶりだな」
軽く手を挙げるライナルトを、セドリックもハンスもぽかんと見上げていた。見た目だけならライナルトがいきなり大人になったように見えるので無理もない。
「みんなあんまり変わんねえのな。つーか縮んだ?」
「ら、ライナルトが大きくなりすぎなんだよ」
「約束してたってどういうことだ?」
「そのまんま。なあ?」
くしゃりと髪を撫でられる。わたしが何も言えないでいるのをどう捉えたのか、セドリックとハンスはぱちぱちと瞬いた後、すっと目を細めた。
「ふぅん……」
「……いつの間に連絡とってたの?」
「なんでもいいだろ。それより腹減ったー。アイリーン、さっさと飯にしようぜ」
あ、わたしが困ってると思って助けてくれたのか。
肩を掴まれ方向転換すると、強い力で引き寄せられる。バランスを崩しそうになりながら彼の腕に掴まると、その手を取られ包み込むように握られてしまった。まるでお父さ―――否、保護者だ。
「じゃーな」
くるりと背を向けて、家の中に戻っていく。手を引かれるわたしも一緒に。慌てて振り返り、セドリックたちに向かって叫ぶように声を張り上げた。
「ごめんね、また明日!」
口を開けたままキョトンと呆けていたセドリックとハンスが、扉の向こうに消える。やがて「明日は絶対一緒だからな!」とセドリックの声が聞こえてくる。
「まさかライナルトまで……?」
ハンスの声だけは小さくて聞こえなかったけど。
「嘘つかせてごめんね」
「ハハッ、気にすんな! これくらい許されんだろ」
そう言ってわたしの頭を少し強めに撫でる。ライナルトはどこか上機嫌に見えたが、それがなぜなのかはよくわからなかった。