51.国の発展に貢献してくれる素晴らしい人材だと思うわ
「あれがフランサマか」
物陰からこっそり、というには大きな身体をしたライナルトが、わたしの頭の上から顔を出した。頭上に重みを感じて視線が下がる。
「フラン"様"ね。敬称をつけるのは自由だけど」
「ただの優男って感じだな。ああいうヤツが裏で糸引いてんだ」
「まだ引いてると決まったわけじゃ……」
「んだよ、疑ってっから見に来たんじゃねーの?」
教会の外にいた子どもたちは、フランに会うと嬉しそうに声を弾ませていた。そのまま中へ入っていったので、おそらくフランが帰ってくるのを待っていたのだ。微笑ましいはずのその光景に、チクリと胸が痛む。
「悪いヤツなら俺が斬る」
「セドリックの父親なのよ。簡単に言わないで」
「ほっといたら後で傷つくのもアイツなんじゃねーの?」
「……ただの思い過ごしって可能性もあるわ」
「思い過ごしじゃねー可能性もあるってこった」
「そ、れは………でも!」
「あのー、キミらなんでここにいんの?」
半分呆れたように低い声を出したのは、同じ体勢でわたしの下にいたディーノだ。
「だって気になるもの。教会には子どもたちもいるし。わたしだけ家でジッとなんてしてられないわ」
「俺はアイリーンについてきただけ」
「あのね、子どもの遠足じゃないんだよ? これは任務。それも国家レベル。家貸してくれるだけで十分助かってるから、後は俺たちに任せてよ、アイリーンちゃん。あとキミに関しては本気で帰った方がいいね、ライメントくん」
「ライナルトだ。人の名前間違えてんじゃねーぞ糸目」
「あ、ごめんねー。基本的にヤローの名前に興味ないもんで」
「ンだと!?」
「ちょっとっ、声を抑えて」
上と下で喧嘩し始める二人を嗜めつつ、そっと息をつく。子どもたちに慕われるフランをじっと観察していたディーノは、なぜか少しやさぐれているように見えた。
「だから言ったのよ。教会でのフランは神父さま兼子どもたちの親代わりなの。裏の顔なんてわかんないわ」
「んー。まぁ少なくとも身寄りのない子どもたちの世話をしてるっつーのはマジみたいだね」
わざとらしくため息をついたディーノは、残念そうに肩を落とす。その態度は、フランが信頼できるかどうか確かめにきたというより、まるで。
(最初からフランを悪人だと決めつけて、その証拠を探してるみたい)
犯人に目星をつけて張り込みをする刑事のようだ。フランは基本的に誰に対しても人当たりがよく、第一印象も良いので、こんなふうに嫌われるのは珍しいと思った。ラスボスと知ってるわたしならともかく。
フランの帰宅を確認した後、ディーノの判断でわたしたちは一旦引き上げることになった。
彼はいつもくだけた態度で人懐っこく振る舞う反面、慎重派で用心深い性格である。常に一歩引いた視点から物事を冷静に見ているのだ。頼りになるとは思うが、なかなか腹の読めない厄介な人物ということでもあるので複雑な気分になった。ゲームではアイリーンと意気投合していたっけ。薄々思ってたけどやっぱり似た者同士だ。
「ヴィオレットはどこにいたの? ずっと姿が見えなかったけど」
「殿下と家主様の安全を確保するため、標的がいつ攻撃を仕掛けてきてもお守りできる配置にて待機しておりました。具体的には建物の屋根上などです」
「そ、そう……守るのはデンカだけでいいんだけどね」
帰宅後、状況を確かめあったわたしたちは、四人で顔を突き合わせる。
「ま。フツーって感じでちょい残念だよねー」
「もっと悪人面してたら遠慮なく斬れんのに」
「遠慮など不要。早急に仕留めましょう」
「いや喧嘩っ早すぎるでしょ!? 観察した意味!」
氷の刃を空中に作り出しながら目を細める。ヴィオレットは確かにかなりの武闘派だが、他二人も物騒な思考なので、なぜかわたしが一番フランを庇う立ち位置になってしまった。ラスボスなのに。
(いや、まだラスボスじゃない! ラスボスにさせないし!)
「わ、わたしの知る限り、フラン様は優しくて頭もよくてかっこよくて強くて……そう、まさに完璧よ!国王陛下から得た信頼もあるなら、国の発展に貢献してくれる素晴らしい人材だと思うわ」
「ウソっぽいね」
「ますます手合わせしてえ」
「芝居がかった言い回しに加え、言葉の出だしが遅く、また通常時より1.5倍ほど声のトーンが高いことなどを踏まえると、その内容は『信憑性に欠ける』と判断できます」
「そっ、それはわたしの個人的な感情で……ッ、あぁもうっ!もっと客観的に見れないの!? いくら怪しくても証拠もないのに決めつけたり周りの意見に流されるのはダメよ!陛下に仕える臣下としてそのへんの柔軟性(?)とか公平性(?)とかは身につけておくべきじゃない!?」
我ながらそれっぽく適当な言葉を並べていると思ったが、このままでは三対一で圧倒的にフランが悪人となってしまう。ラスボスになる未来を変えたいとは思うが、ラスボスになる前に罪人として捕まっちゃえ!とは思わないので、必死で舌を回した。
「………。確かに、家主様のおっしゃるとおりですね」
すると、ヴィオレットが心なしかシュンと肩を落とす。悲しそうに視線を下げながら。
「怪しいという主観に囚われ、大局を見失っていました」
「わ、わかってくれたらそれで「では聞き込みをしましょう」
言葉を被せられ、目をパチパチとさせる。首をかしげるわたしにヴィオレットはもう一度口を開いた。
「聞き込み。人から物事を聞き、それにより情報を得ること」
うん。意味は知ってるけど。