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50.メロメロにしてくれたら

 

 ***


 ハァア、と。まるでセドリックたちに聞かせるように、ヒルデは大きなため息をついた。放っておけばいいのにと冷めた考えを持つハンスとは違い、セドリックは律儀に反応してしまう。


「ヒルデ、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないわっ、 お姉さまが帰ってしまわれたじゃない!」


 予想通りの発言に、ハンスはこっそり苦笑いした。八つ当たりの的にされては敵わないので、外で魔術の鍛練でもしよう。と早々に立ち上がる。


「それもこれも全部、セドリックの甲斐性がないからよ」

「甲斐性って……難しい言葉知ってるんだな」

「ごまかさないで!セドリックがお姉さまをメロメロにしていれば、今ごろ簡単に引きとめられたの」

「め、めろめろ?」

「そうよ。愛の言葉をささやいて――」


「ヒルデ。あんまりセドリックを困らせちゃダメだよ」


 思わず会話に割り込んでしまい、ヒルデの顔を見てハッとする。彼女はハンスが反応したことに、ニッコリと満足したような笑みを浮かべた。……しまった。策だったか。


「もちろんハンスでもかまわないわ。お姉さまをメロメロにしてくれたら」

「ヒルデ……」

「どっちでもヒルデの本当のお姉さまになってくださるし。近所のお姉さまじゃなくて」

「あぁ。こっちの生活にも慣れてきてたし、そろそろ来てくれるかと思ったんだけどな」

「そういう意味じゃないの!もうっ、セドリックはほんっとニブいんだから」


 呆れたように憤慨するヒルデの指摘はもっともだ。が、ハンスは曖昧に微笑むだけに留めた。このままの方が都合は良いと思っている。……まあ、時間の問題のような気もするが。


「お姉さまはかわいいんだから、のんびりしてたらあっという間にお嫁に行ってしまうのよ? どうするの、今にもお姉さまが結婚を申し込まれていて、この村を出ることになったら、」

「ダメ。」


 ヒルデの例え話に、セドリックは一瞬の躊躇もなく言葉を被せた。ヒルデは驚いたように目を丸くしたが、すぐに呆れて肩を落とす。


「それはセドリックが決められることじゃないでしょ」

「なんでだ? オレがダメって言ったらアイリーンも考え直すよ」

「どこからそんな自信がくるのよ」

「友達だし」


 あっけらかんと答えるセドリックに、ヒルデは抗議を続けた。確かに彼の言葉は傲慢にも聞こえる。が、実績があるから信じられるのだと、ハンスにはわかった。四年前、フラン様と王都に行こうとする彼女を思いとどまらせたのは、間違いなくセドリックの言葉だった。


「ヒルデ、ちょっと落ち着こうよ」

「だってー。セドリックったら危機感がないんだもの。それともハンスががんばってくれるの?」

「……アイリーンより背が高くなってからかな」


 悲しいことに、あとちょっとの差はなかなか縮まらない。子どもにとっての一年差は大きいのだ。


「今からがんばってちょうだいよ」

「って言われても、年下で背も低い男なんてカッコ悪いし、」

「……ならやっぱりセドリックに頑張ってもらわないと。ねーセドリック!ヒルデのお兄ちゃんになってくれるわよねー?」

「もう兄ちゃんのつもりだぞ?」

「やったー!ふふ」


絶対意味がわかってないセドリックの返事にも、ハンスを横目に、ヒルデはしてやったりという顔をする。さすがにカチンときて、僕も口を開いた。


「あ、でもヒルデは僕よりすごいよ」

「なあに?」

「『お姉さま』なんて呼んで年下の特権をフル活用してるし」


 ピクッ、とヒルデの表情が固まる。正直これ以上の行動は目に余るので、この辺りで釘をさしておくのがちょうどいいだろう。


「……だって年下だもの」

「アイリーンは面倒見いいし、可愛がってくれるよね」

「ヒルデ、難しいことはよくわからないわ」

「ちょっとだけ羨ましいと思うこともあるんだよ。僕は無邪気を装うのは苦手だから」

「………まるでヒルデなら得意だって言ってるみたい」

「すごいなあっていつも思ってるよ」

「ふふふふ」

「はははは」




 空気が一気に冷えた気がして、セドリックは身震いした。原因が何かはわからないので、窓でも開いているのかと思いキョロキョロと首を動かす。四角いテーブルを囲んで座る自分たち以外、今は誰もいない食事部屋だ。

 セドリックの正面に座り、落ち込んだり呆れたり怒ったりと忙しそうにしていたヒルデは、斜め前に座るハンスと楽しそうに笑い合っていた。ほっと安心して立ち上がる。そろそろ夕食の仕上げをしなくては。


「父さん、もうすぐ帰ってくるかな」


 そわそわしながら、外で待つことにしたらしい他の子どもたちと一緒に、自分も待っていたい。けど、おいしいベアカレーを作るのも年長である自分の役割なので、二人に背を向けてキッチンに向かった。


 しばらく夕食の準備をしていると、外から子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。笑いながら口々にフランさまー!と呼び掛け、それに優しく答える男性の声もする。


(……やっぱり、アイリーンを呼びに行こう)


 夕食を遠慮して帰ってしまったけど、みんなで食べた方がきっとおいしい。複数の足音が近づいてくると、やがてセドリックは振り返った。部屋に入ってきた彼と目が合い、ニッと歯を見せ、駆け寄っていく。


 子どもたちに囲まれて動きづらそうにしながらも、昔と変わらない優しい笑みを返してくれるのは、


「おかえり!父さん!」


 昔と変わらず、大好きな父だ。



 ***




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