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5.ちょっと変わった子

*****



 その日の終わり。帰ってきたフラン様と賑やかな夕食の席についた(アイリーンも誘ったんだけど「ラスボスが…」とよくわからないことを呟いてあっという間に帰ってしまった)。まだまだ幼い子どもたちにとってフラン様のいない一日は長く、みんなで早めの就寝をすることになった。


「今日、アイリーンと話したよ」


 同じ部屋で横になったセドリックに、そういえば、と切り出してみる。やはり彼は嬉しそうに笑顔を見せてくれる。


「仲良くなったのか?ハンス」

「うーん……たぶん…?」

「ははっ、アイリーンはちょっとむずかしいからな」


 確かに、と思ってしまった。会う前に同じようなことを言われたときは、全然意味がわからなかったけど。


「仲良くはできるんだけど、『仲良し』にはなかなかなれないんだよ」


 確かに彼はそう言ってた。でも悪い子じゃないから、とも言って、よくわかっていないぼくたちに安心させるように笑いかけた。今ならなんとなくその意味がわかる。


「ちょっと変わった子だよね。ぼく、けっこう長くお話したあとに『あなた名前は?』って聞かれたんだ」

「えっ、もう名前きかれたのか!?」


 セドリックはなぜか驚いたように身体を起こした。もうってどういう意味だろう。不思議に思っていると、セドリックは唸るようにして教えてくれた。


「はじめて会ったころな。ずっといっしょに遊んでるのに、ぜんぜん名前呼んでくれなかったんだ。だからなんでか聞いてみたら、『そういえば名前は?』って言うんだよ。友達になって一週間くらいたってたのに」

「い、一週間!?」

「な。ひどいだろ?」


 聞き間違いかと思うレベルだ。目を丸くするぼくを見て、セドリックは楽しそうに笑う。アイリーンは確かに変わってるけど、この人も十分に変わり者だなと思った。


 正直なところ。今日アイリーンと話すまで、ぼくは少しセドリックが苦手だった。同じハドマンの姓をもつけど、彼はフラン様と血の繋がった親子だから。この教会に住むほとんどの子どもたちはフラン様と血の繋がりはなく、兄弟として育ちながらもぼくとセドリックの間には明確な壁があった。ぼくが勝手につくった壁なので、セドリック本人は知らなかったかもしれないけど。


 違う存在だと思っていた。親のいないぼくと、親のいる彼は、どこまでも遠いのだと。


『孤児だろうと親がいようと関係ない』


 ぴしゃりとそう言い切った彼女に、容赦なくその壁を壊されるまで。


「アイリーンはお父さんのことがいちばん好きなんだ」

「え、フラン様を…!?」

「あ、ちがうちがう。アイリーンのお父さんだよ。アーヴィンさん、だったかな」


 セドリックが思い出しながら話してくれる内容は、とても信じられないようなことばかりだった。


「アイリーンっていつもニコニコ笑ってるだろ」

「え、そうかな……」

「それがアーヴィンさんの前では、なんていうか、そっけないんだよ」

「そ、そうなの……?」

「はじめはあんまり仲良くないのかなって思ってたんだ。でも聞いたら、『そんなふうに見えるの…?』ってショック受けちゃったみたいで」

「なんでも聞きすぎだよ、セドリック……」

「だからアーヴィンのおじさんにも聞いてみたんだ。そしたら『娘は素直じゃないけど、おじさんのことが一番好きだよ』って言うんだよ。ホントかなって思うだろ?だからアイリーンにもまた聞いた」

「ホントに聞きすぎだよ」

「そしたら『バカじゃないの!』って怒られた」

「そりゃ怒られるよ……」

「でもその後、『ぜったいないしょだからね』って言われたんだ。これってアーヴィンおじさんのことがいちばん好きってことだよな!」

「さっそくバラしてるし……」


 はぁ、と息をついた。呆れるけど、なぜか憎めないのは、セドリック本人はいたって真面目というか、素直に思ったことを口にしているだけだからだ。アイリーンもきっと諦めている。と思う。だから今日のことも水に流してくれるだろう。流してくれることを祈ろう。


「でもオレ、あのとき怒られたのがはじめてだったよ。あれからアイリーンが怒ってるとこなんて見たことないし」

「それがいちばん信じられないかも……。今日アイリーンにすごく怒られたけど、いつもニコニコしてるようには見えなかったけどなあ」


 思い出してみても、やっぱり信じられない。セドリック相手に怒らなくなったのは、怒っても仕方ないからじゃない?としか思えない。だけどセドリックも、ぼくの言葉に信じられないように目を瞬かせ、顔を近づけてきた。


「にこにこ、だろ?」

「ぷんぷん、だよ?」


 一致しない女の子像に、本当に同一人物の話をしているのかわからなくなってくる。どちらが本当の姿なのかわからない、なんて。やっぱり彼の言うとおり、アイリーンはちょっとむずかしい女の子なのかもしれない。


 けど、やっぱりどっちでもいいかと思う。今日彼女はぼくのために怒ってくれた。それはまちがいないのだ。下手な慰めではなく、同情でもなく、憐れみのない純粋な怒りは、ぼくが勝手につくった『孤児』とか『子ども』とかいうレッテルを壊してくれた。あんな激しい感情をぶつけられたのは初めてで、びっくりして、……何よりうれしかった。ぼくは孤児だけど、それは関係ない。ぼくたちは対等な関係だと、上からでも下からでもなくすぐ隣から叫ばれたのだ。――役に立ってる、必要としてると言われたのだって。


「――ぼく、あの子ともっと仲良くなりたいなあ」


 気付けばそんなことを口にしていた。セドリックは驚いたように一瞬きょとんとしたけど、すぐに嬉しそうに笑って「じゃあ今度ふたりで遊びに行こう!」と誘ってくれた。うん、と一つ頷く。


こうして、アイリーンのもとを訪ねる物好きな少年が、一人増えたのである。


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