49.ふつうは殺気とかわかんないから
「フランの手の者か」
ヴィオレットの声とは別方向から飛んできたナイフを、ライナルトは軽々と大きな剣で弾いた。
って、待て待て。
「ちょっと、」
咎める間もなく、再び懐からナイフを取りだし、片手でヒュンッと投げてくるのはディーノだ。これもライナルトがあっさり弾き落とすと、続けて何もない空間から鋭く尖った何かが飛んできた。正体不明のそれを、ライナルトはわたしを抱えた状態でギリギリ回避する。それは背後でストンと壁に突き刺さると、まるで蕾が花開くように、周囲の壁を凍らせていった。よく見るとそれは氷柱のような、先の尖った氷の刃だ。わたしは迷わず叫んだ。
「室内で戦闘禁止!!!!」
ピタリ。戦闘態勢になっていたライナルトと、詠唱を始めようとしていたヴィオレットが動きをとめた。ディーノは緩慢な仕草でわたしに顔を向ける。
「お嬢ちゃん、家がどうとか言ってる場合じゃねーでしょーよ」
「言うわよ!!わたしの家よ!? 無駄な争いで壊さないで!!」
「無駄なのかい? 捕まってるように見えるけど」
「ライナルトは敵じゃないし、わたしの友達なの! フランとまったく関係ないわ!」
体を捻り、ライナルトを守るように背中に腕を回した。彼の方が背も体格も大きいため、抱きつくような態勢になる。その体が硬直したような気がしたけど、わたしはキッと強い視線でディーノたちを見据え、手を出すなと威嚇し続けた。
「はっ、離れろ、バカ!」
「…………標的の戦意喪失を確認。武装を解除します」
「ぎゃっはっはっは!マジで!?」
ヴィオレットは言葉どおり、魔術を発動しようとしていた手を下ろし、ディーノは腹を抱えて爆笑し始めた。なにがそんなに面白いんだろう。呆れたわたしは同意を求めるようにライナルトを見上げると、なぜかこっちはこっちでゆでダコのように顔を真っ赤にしていた。……そんなにきつく絞め上げたかな?
にしても……………デカい。160センチは絶対あるわ。この子、まだ12歳よね?
「大きくなったわねえ……ほんとにライオンみたい」
「は? 誰だよそいつ」
人間じゃない存在と比較されるのはあまり面白くなかったらしい。声を低くしたライナルトは、目を据わらせて不機嫌な顔つきになった。申し訳ない。……ん?この世界にライオンっていたっけ?
「なぜ殺気を放ってこの家に近づいたのです」
「ア? そっちが最初に飛ばしてきたんだろ」
「け、喧嘩しない! ふつうは殺気とかわかんないから!」
今にもヴィオレットに飛びかかりそうな雰囲気のライナルトを抑え、助けを期待してディーノを見た。が、まだ爆笑してて全然使えない。あの男……!
そもそも、ゲームや漫画ではよくある表現だが、実際は向かい合ってもいない相手の殺気を感じるなんてほぼ不可能だ。例外を除いて。
例外その一、ヴィオレット。彼女は、おそらく暗殺者として幼い頃から戦闘訓練を受けていたはず。なので耳がいいのはもちろん、五感が優れており、戦闘の場面に限らず勇者の旅で彼女は大いに活躍してくれるのだ。
そんな特殊な訓練を受けたヴィオレットと肩を並べるような、とんでもない芸当がライナルトにもできてしまった。例外その二がいたということだ。つまり居合わせたのがこの二人だったからこそたまたま起きた事故というか――
あれ?もしかして彼、ものすごく強いのでは??
「……ライナルト、その剣、」
「これな!いいだろ!? スヴェンに見繕ってもらった新しい武器なんだ」
剣はどこで習ったの?と聞こうとしたら得意気に剣を掲げられ、強さと耐久性のプレゼンをされた。……見た目はだいぶ成長したけど、彼の中身はほとんど変わらないようだ。なんだか安心する。
が、ほっと息をついたのも束の間。ライナルトが片手でその剣を振り回して見せるので、ヒクッと頬が引きつった。だってそれ、どう見ても両手剣なんですけど。絶対軽くないでしょ。さっきもそれで簡単にナイフを弾いていたし――
「……そういえば、どこから入ってきたの? 窓?」
「え? フツーに玄関」
目にも止まらぬ速さでわたしの背後をとったってこと?? やだ怖い……絶対強い……。
「っていうか、なんでここにいるの? スヴェンさんは? カザミドリは?」
「質問ばっかだな」
「急に来るんだもん! 手紙くらい寄越してよ!」
「ハハッ!悪かったって」
髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。不満たっぷりのわたしに愉快そうに目を細め、豪快な笑い声を上げた。
「お嬢様」
「はい? いや待ってヴィオレット。それわたしのこと!? お嬢様呼びはちょっと」
「では家主様。ここにしばらく滞在する対価として、私ヴィオレットが、あらゆる危険から貴女様をお守りすることをここに提案いたします」
提案というより報告である。これからあなたを守りますねーという。全く嬉しくない。
というか、やっぱり居候は決定らしい。なんで勝手に決めるんだ。
「……言っとくけど、わたし教会の子どもたちと繋がってるわよ。あなたたちのこと告げ口するかもしれない」
「構いません。我々の疑いが杞憂であればなおのこと」
「!? 隠れてフランを観察したいんじゃないの?」
「ただ事実を知りたいだけです。知られることであの男の行動に少しでも変化があり、違和感が生じれば、子どもたちの反応もそれ相応のものとなるでしょう」
「だ、だけど……っ」
「例えば家主様は、我々の意向を知ってもさほど驚かず、反論もされませんでしたね。それは彼に対して少しでも思うところがあったからなのでは?」
絶句した。
(そ、それはフランが前世のゲームでラスボスだったから)
なんて言えるわけない。
あーなるほど。ずいぶん強引な、と思ったら。フランの周囲にいる人の反応も見たいっていうことね。彼が本当に信頼できる人物かどうか……
ん?つまり?
今フランが疑われてるのは、わたしの態度のせいもあるのでは??
「つーことで、世話んなるね!おじょーちゃん」
語尾にハートマークがついてそうなディーノの声に、ため息を飲み込んで、大きく肩を落とした。