48.今日掃除するつもりだったのよ
「……フラン様はまだ帰ってないわ」
ヴィオレットが表情を変えない横で、ディーノは細い目をさらに細め、わたしを横目に見た。もし彼らが悪人で、本気で切りかかってきたら、勝てない。逃げなきゃ。
「あの男が孤児たちの面倒見てるってのは本当かい?」
脱出経路を考え始めたわたしに向かって、ディーノが質問を投げる。少し間をおいて頷くと、
「嘘は見抜きます」
ヴィオレットの鋭い視線が突き刺さった。……逃げるなら窓からかな、やっぱり。
「うそ、じゃないわ」
「私達は王都から来ました。フラン・ハドマンの帰郷に合わせて」
「おいヴィオレット」
「あの男はわずか一年たらずで国王陛下の信頼を獲得し、皇女殿下の懐に入り込んだ。臣下として、真に信頼に足る人物かどうか見極めるのは当然の義務」
ディーノの咎めを無視して、スラスラと話し始めた彼女に、思わず目を見張った。……フランが、本当に信頼できる人物かどうかを、確かめに来た?ゲームでそんな展開あったっけ?
「それは……」
「わかっています。陛下への背信行為にもなりかねない。ですが陛下は彼を信頼しすぎている。万が一のことがあれば、我が国を揺るがす大きな事態に発展する可能性もあるのです」
「っ、フランはもうそこまで城の内部に通じてるの!?」
「今や陛下が最も信を置く忠臣になりつつあります」
「ど、どうやって、」
「わかりません。私達もそれを確かめに来ました」
「ちょ、おーい!俺を置いてかないで!」
重要な情報をくれるヴィオレットに思わず前のめりになっていると、ディーノの横槍が入った。ハッと我にかえる。
「な、なるほど。それじゃ二人はフラン……様の、人柄を確かめるためにフィーネまで来たと」
「ご理解頂けて幸いです。情報提供を求めます」
感情の起伏が少ないことはゲームから知っていたが、ヴィオレットは無表情のまま、直立不動で事情を話し終えた後、静かにわたしの返答を待った。会ったばかりの子どもにベラベラしゃべりすぎじゃない?と思ったけど………子どもだから、かもしれない。それにわたしが教会と無関係の人間だと思ってるから。
「……二つ確認したいわ。まず、わたしの家に不法侵入した理由」
「フラン・ハドマンの確実な動向を探るのには、数日間身を置ける拠点が必要。近くにちょうどいい空き家を見つけたと思ったのです」
「……もう一つ。フラン様の人柄なら王都でいくらでも見る機会があったでしょ? どうしてわざわざフィーネまで」
「信じられるわけないっしょ。『故郷では身寄りのない子どもたちの世話をしてますー』なんて。うさんくせーし」
小馬鹿にしたように肩をすくめる。口を挟んだディーノは、だから実際に見てやろーと思ったんだよ、と続けた。
(………あれ?)
その言葉に、やはり違和感を抱いた。ゲームでのフランは、この時点で彼らに疑われてなどいなかったのに。身寄りのない子どもたちの世話をする心優しい青年だと、国王からはもちろん、彼らからも十分信用を得ていた。特に義妹を溺愛するディーノにとって、フランが信頼に足る人物かどうかはかなり重要だ。これから国内で、次代皇帝陛下の座を巡る臣下同士の争いが激しくなる。そのとき皇女の身の安全を確保するため、フランに預けられるという例のイベントまで、もう一年もないはず。
(どうしてこんなに信頼されてないの?)
こんな信頼度で、国の第一皇位継承者である大事な皇女殿下を預けてくれるだろうか。
(ゲームのストーリーから外れた)
未来が変わった。間違いなく。その認識を新たにし、顎に手を当てて考え込む。その理由と原因を。
ゲームに沿うためではない。ゲームの未来を変えるために。フランが王都に向かったのはゲーム通りだったのに、今はゲーム通りに進んでいないのだ。――どこかで、何かが変わったから。
(どこで?)
たとえば、あの日?
『―――私と一緒に王都へ行きませんか?』
おそらくゲーム通りの展開だったのに。
『―――ぼく、いきません』
迷いの見えない、力強い瞳で、彼は。
(まさか、ハンス……?)
ハンスが、王都へ行っていれば。
ディーノたちが信頼を寄せるような、フランの人柄を証明できた?
今頃、疑われることもなかった?
「俺もひとつ聞きたいね、お嬢ちゃん」
頭を過ぎったひとつの仮説に、目を見開いて呆けていると、ディーノがニヤリと悪そうな笑みを顔に張り付けた。嫌な予感しかしないが、わたしは顔を上げる。
「あんた、落ち着きすぎじゃないかい? 正体も目的もわかんねー奴らが家に入ってくるなんて、普通はもっと騒ぐもんだけどね」
(誰が落ち着いてるって?? あんたらの顔見たときは心臓止まるかと思ったわよ!! ゲーム開始前に将来の仲間に会うなんて予想外すぎるわ!!!)
思わず脳内で叫んだ。が、無難に「驚きすぎて冷静になったの」と返す。あながち間違いじゃないし。というか変に買い被るのはやめてほしい。普通に混乱してるただの一般人だ。少し違うのは、前世の記憶があるからあなたたちの正体を知ってるというだけ。
「……ふぅん。ま、いいけどね。今日からお世話になりますってことで」
「ッ、は!?」
「仕方ありませんね」
「いや、全然仕方なくないわよね?? ここわたしの家なんですけど!」
「自分の家はもっと綺麗にした方がいいよ? 空き家だと思われるし」
「今日掃除するつもりだったのよ!!」
とんでもない強引さで居候を決めようとする二人に、顔を青ざめた。フランを警戒する彼らを受け入れたりなんかしたら……!
(わたしがフランに警戒されるじゃないのー!!)
「ほ、ほんとに居座る気!?」
冗談じゃない。せっかくフランがラスボスになる未来を変えてやると意気込んで、少しずつ変わってきてるのかもと前向きになっているところに、よりによって未来で共にフランをラスボスとして成敗するかもしれない仲間と一緒に生活なんて。幸先悪すぎだろう。いったい前世でどんな悪行をしたらこんな不幸に見舞われるのか……いやそんな悪いことしてないわ!
(ちゃんと真面目に生きてたわよ!神様のばーか!)
ディーノが率先してリビングで寛ぎ始めると、ヴィオレットは室内を観察してまわる。わたしという家主の意見なんてまるで無視だ。
「まぁまぁ、別にいいじゃん。悪いようにはしないよ? なんなら用心棒になるし。きみ一人で住んでるんでしょ?」
「なっ、なんでわかるの」
「理由は13個あるけど、一番は勘だね」
冗談なのか本気なのかわからない口振りで、ディーノは片目をバチンとした。イラッときたのは言うまでもない。
「ふざけ――ッ」
「静かに。……誰か来ます」
突然、ヴィオレットが横目で玄関を睨み、鋭く声を発した。反射的に声を引っ込めてしまう。
……あれ?でもよく考えたら、わたしの家を訪ねてくる人なんて教会の子どもたちしかいないのでは?息を潜める必要もないような……
「お届け物でーす」
やがてコンコンと扉が叩かれ、外から聞こえた声に、ディーノは肩の力を抜いた。しかし、ヴィオレットは警戒を緩めない。――わたしも、瞬時に身を固くした。
昨日まで無人だった家に、届け物?
「……足音は一つ。ですが僅かに殺気と、金属音あり。敵と断定し排除してもよろしいでしょうか、殿下」
「え、そうなの? どうするお嬢ちゃん」
「え!?」
いきなり決定権を渡され戸惑いの声を上げた直後、玄関の扉がバタンッ、と音を立てて開いた。びっくりしてその方向に目を向ける。
(? 誰もいない……?)
もちろん『お届け物』の気配もなかった。……のだが、その次の瞬間。
「外まで殺気がダダもれだぜ」
突然背後から聞こえた男の声に、振り返る間もなく体ごと後ろに傾いた。バランスを崩し、咄嗟に目をギュッと閉じる。倒れる……っと思ったところで、背中に何かが当たった。
「おまえ危険な目に合うの好きだよな」
恐る恐る目を開けると、顔を覗き込んでくる男がニカッと笑う。
彼が、後ろからわたしのお腹に腕を回し、抱き寄せていたのだ。筋肉のついた腕。ツンと逆立った金髪。すぐに顔を上げた彼の、見上げるほどの高身長に目を丸くした。
「ら………ライナルト!?」
「ん?」
いや、別に呼びかけたわけじゃない。不思議そうに首を傾げる彼に、口を開けたままポカンとした表情を返した。考えることとわからないことだらけで、頭の中が沸騰しそうになる。