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47.人の家に何の用

 

「お姉さま……?」

「ごめんね、ヒルデ。わたし急いで帰らないと」


 肩に手を置き、やんわりと押し戻すと、ヒルデはきょとんとした顔で見上げてくる。悪いと思いつつ、わたしは焦る気持ちを抑えきれなかった。早くしないとフランが帰ってくる。それまでにこれからの方向性を決めなくては。


 ヒルデを教会に帰した後、わたしは自分の家に走った。前世の記憶を思い出してすぐのころ、紙にゲームの内容を書いて状況を整理していたことを思い出しながら。

 あの紙、まだ残ってるかな。どうせなら作戦ノートとか作りたい。わたしが知ってるラスボスに関する情報をちゃんとまとめていこう。


 フラン・ハドマン。ゲームではフランシスと名乗り、お仲間にもフランシス様と呼ばれていた。セドリックの実の父親だ。

 若いころから人当たりが良く、物腰柔らかな心優しい青年だった。教会の神父になったのも、自分の力を誰かの役に立てたいと思ったから。――フランは、祈子(いのりご)だったのだ。


 祈子(いのりご)――水、火、風、土、氷、雷、光の、全属性の魔力を持った人間。


 何百年と大昔はそこそこいたらしいが、魔小化(ましょうか)が進んだ現代ではもう実在しないと言われるほど、珍しい存在だ。この時代にフランが祈子として生を受けたのはまさに奇跡であり――――――悲劇だった。


 祈子として愛されたフラン・ハドマンは、誰からも愛されない。


 妻のセレーナさんを失ってから、彼の心にはポッカリと穴が空いたままだ。






「あった!けど……」


 久しぶりに自分の家に帰ると、わたしは前世の記憶のことを書いた紙を取りだし、もう一度読んでみた。が、基本的なことしか書いてなくてガッカリする。どんだけ動揺してたんだ、この時のわたし……。


「あんまり、目に見える物としては残したくないけど……。そうも言ってられないわよね」


 未来を変えると決めたのだ。なら本気でやらなきゃ。


 ガリガリとペンを走らせ、思い出したゲームの情報をどんどん書き込んでいく。数分、数十分と経ち、そろそろ腕が疲れてきた。それでも集中して、一枚、また一枚と文字だらけになった紙を重ねていく。

 すると、遠くの方でガチャ、キィ、と扉が動いたような音がした。風が強いのかな。あれ、でもわたし、ドア閉めてなかったっけ?鍵はかけてた?


 虚ろな思考でぼんやりと考えていると、今度はすぐ近くでガチャ、と明確に扉が開いた音が聞こえる。驚いて振り向くより早く、声がした。


「あれ、人がいる」

「住人を確認。作戦失敗です」


 初めて聞くが、初めてじゃない。そんな声が二つ。


「おっかしーなあ。昨日までこの家確かに無人だったのに」

「撤退しましょう」


 へーいと気のないような返事をして部屋を出ていこうとする、濃紺の髪の男。男を促し、氷のように澄んだ水色の瞳と髪色をした、表情の乏しい女。二人の声に聞き覚えがありまくりのわたしは、思わず「え!?」と声を裏返して驚いてしまった。だって、つい今まで真剣に思い出して、文字におこしていた二人だ。


 なんで、


「な、なんでここ――!」


 驚きのあまり叫びかける。が、声を張り上げる間もなく、即座に間合いを詰めてきた男に口を塞がれてしまった。少年と青年の間のような見た目の彼は、確かわたしより5つ上の15歳。少しだけ目に焦りの色を浮かべながら、口元はニヤリと笑う。そのままわたしに向かって唇に人差し指を立てる動作をした。


「お嬢ちゃん、叫ぶのは勘弁な」


 切れ長の細い目を片方つむってキザな仕草。そしてこの遊び人のような飄々とした態度。……間違いない、彼は、


 ディーノ。皇女の近衛騎士。……だが、実は皇女の腹違いの兄で、この国の第一皇子。


「騒がないでください。怪しい者ではありません」


 音もなく近づいてくる少女は、抑揚のない話し方と温度の感じられない瞳で、わたしを捉えた。水色のまっすぐな髪を肩まで伸ばした、ボブカットの彼女は、わたしと3つしか違わないはずだが、13歳には見えないほど大人びている。


 ヴィオレット。皇女の命を狙う反逆者集団に属する暗殺者。……だったが、ゲームを進めて皇女の人柄に触れるうち、味方になってくれる魔術師だ。水属性と氷属性の魔力を持つ。



 彼らは、セドリックやアイリーンと一緒に世界を救った、勇者の仲間たちだった。



「ヴィオレットちゃん、そりゃ無茶っしょ。俺らどー考えても怪しいよ?」

「名前を呼ぶのはお控えください、殿下」

「あーーー!!でんか――そう!俺の名前デンカ!よろしくね、お嬢ちゃん!」


 それは無理があるでしょ、と思ったけど、物理的に口を開けなかったのでこっくりと頷く。するとようやくディーノはパッと手を離し、わたしの口を解放してくれた。混乱しながらも、なんとか落ち着いたふうを装うため、わたしは一つ深呼吸する。


「………あなたたち、人の家に何の用?」

「あーごめんね、まさか誰か住んでるとは思わなかったからさ」

「殿下の情報収集不足です」

「悪かったって」


 (空き家なら都合がよかったってこと?)


 "作戦失敗"となにか関係があるのか。


 目を細め、わたしは彼らを警戒する。ゲームで仲間だったからと言って、ゲーム開始前の彼らが善人とは限らない。咄嗟に室内を見渡し、武器になるものを探した。……今度から護身用のナイフでも装備しようか。


「えーと、俺ら宿を探してるんだよねー。お嬢ちゃん、この近くにないかな?知らない?」

「……フィーネの村に宿屋はないわ。教会に頼めば一泊くらいできるかもしれないけど」

「では野宿ですね」

「えーヴィオレットちゃん冷たーい」


「教会だと都合が悪いの?」


 わたしの率直な疑問に、ディーノもヴィオレットも一瞬で纏う空気を変えた。ピリッ……と肌を刺すような変化に、ゾクリと背筋を震わせる。

 ……まさか、フランは王都ですでに何かやらかしたのか。勇者の仲間が勢揃いしてしまうくらい、重大な何かを。肝心の皇女(ヒロイン)だけ不在だが。


(でも……この二人のセット、すごい違和感あるわ)


 ディーノは第一皇子だが、側室の子なので王位を継げない。それどころか、表立って皇子であることを公言もできない立場だ。しかしゲーム中の彼は、義妹(いもうと)姫の王位継承をまったく不満に思っていない。諸手を挙げて大賛成という姿勢だったのだ。だから身分を隠して皇女の近衛騎士になることを選び、影に日向に彼女を支え続けた。ぶっちゃけシスコンの兄だ。


 対してヴィオレットは、正室の子とはいえ皇女の王位継承を快く思わない『反逆者』の立ち位置だ。彼女は、ディーノの方が王にふさわしいとして彼の即位を画策する集団に属していた。後々認めるとはいえ、それまでは皇女の命を狙う暗殺者として、ディーノに敵視されていたほどだった。


(そんな二人が、ゲーム開始前から知り合いだった?)


 初耳である。ゲームで仲間同士の会話を見る限りでは、二人は初対面のように見えたのに。


 ドクン、と騒ぐ胸の辺りを手で押さえた。


「……ま、一応聞いとくか」


 皇女の義兄である第一皇子。


「単刀直入にお尋ねします」


 そして、皇女の命を狙う暗殺者。


「教会の神父フラン・ハドマンをご存知ですか」


 この絶妙なタイミングに合わせて彼らが現れたのは、はたして偶然だろうか。




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