42.けっこう体育会系よね
「オレたち、巫子の力を借りたいんだ。誰か紹介してくれないか」
声に力を込める。しかし、形の整った笑みを浮かべた窓口の女性は、まるで台本を読むような口調で、淡々とした態度を崩さない。
「専属巫子契約ですね。初めてのご利用でしょうか」
「あ、ああ」
「ご希望の巫子はおりますか」
「え、いえ、」
「かしこまりました。少々お待ちください」
事務的な対応に、セドリックたちは顔を見合わせる。光属性の魔術の使い手がいないと、この先の旅は厳しい。そうアドバイスを受けてやってきたティターナの街は、ミッドガフドとは比べものにならないほどの大都会だ。知り合いなんて一人もいない。けど、この街にある、ここ巫子座で、旅を共にしてくれる巫子を探さなければければならなかった。
「――申し訳ございません。ただ今どの巫子も契約中となっておりまして、次のご契約は早くて二ヶ月待ちとなっております。ご予約なさいますか?」
「ッ、えぇっ、二ヶ月!?」
そんなに待てない。仲間を見ても、顔を硬くして、瞳には焦りの色が浮かんでいるようだった。それはそうだろう。この旅は、旅行じゃないのだ。彼女にとっても、セドリックにとっても。
「本当にだれもいないのか?」
「申し訳ございません」
「巫子って人を助ける仕事なんだろ? 今まさに大怪我してる人がいたらどうするんだ!?」
「世界中の拠点に一人は必ずBランク以上の巫子が配置されております。専属巫子契約ができる巫子はSランク以上ですので」
町に一人はいても、いわば専属巫子として旅に同行してくれる巫子は今いないということか。
「Sランクじゃなくていいからっ」
「規則ですので、契約していただくことはできません」
「なんでだよ、オレたち急いでるんだ!」
「申し訳ございません」
「じゃあ直接だれかに頼むから!誰でもいいから巫子に会わせてくれよ」
「規則ですのでご紹介できません」
「なにかあったの?」
騒ぎが聞こえたのか、奥から出てきた少女が、窓口で対応する女性に声をかける。女性は振り返り、セドリックたちもその少女に目を向けると――
「アイリーン!」
パッと目を開ける。すぐそこに、夢で見た彼より幼い顔をしたセドリックがいた。一瞬、夢と現実が曖昧になる。
「仕事だってさ!」
鼻と鼻がくっつきそうなほど近くに顔を寄せる。起こしに来てくれたらしいが、もうちょっと小声で……と思ったところで、時間を見て飛び起きた。疲労が溜まっていたのか、かなり長い時間眠っていたらしい。
(なんだろ……非現実的な、けどものすごく懐かしい夢を見たような――)
ぼやけた頭を振り、夢の内容を思い出す。
確かあの後、少女はコテンと首を傾げて可愛らしく微笑むのだ。
『もしかして、セドリック?』
緩くウェーブがかった、金に近いブラウンの髪を揺らして。海より深い青の瞳を輝かせて。
あの少女の名は、たしか――アイリーン。
(――って、わたしか!!!)
思わず頭を抱えた。どおりで懐かしいはずだ。だってあれ、ゲームのイベントだもの。セドリックたちが巫子座でアイリーンと出会う仲間加入イベントだもの!ずっと主人公サイドの映像だったのは、わたしがそのゲームのプレイヤーとしてセドリックを操作していたからだ。
「どうしたんだ? 頭痛いのか?」
セドリックを見上げると、心配そうにわたしを見つめてくれる彼は……やっぱりどう見てもただの子どもだ。将来、世界の命運を背負って立つなんてにわかには信じがたい。
「アイリーン?」
「あ、いえ。なんでもないの。えっと……ハンスは?」
「……さあ?」
何気なく聞いただけなのに、セドリックはなぜか唇を尖らせた。ボソッと「またハンスばっかり……」と呟いている。だから別にあなたから相棒を取ったりしないって言ってるのに……ほんとにハンスのこと好きよね……。
「それより仕事!」
「あ、そうね」
「お金、そろそろいっぱいになってきたけど、まだほしいのか?」
「はは……もうちょっとね」
頬を引きつらせる。その言い方だとまるでわたしが守銭奴みたいじゃない。ちがうもん!しばらく一人でも生きていけるくらいお金が欲しいだけだもん!!将来あんたと一緒に世界を救うんだから!!
(――あ、それまでにラスボスをなんとかすれば関係ないのか)
「あ、アイリーン起きた?」
ひょっこりと扉から顔を出したのはハンスだ。そのまま駆け寄ってくると、彼はなぜか申し訳なさそうな顔をする。
「疲れてるのにごめんね。道具屋で怪我人だって。子どもがひとり」
「すぐ行くわ」
急いで三人で道具屋に向かう。そこにつくと、わたしと同じくらいの背丈をした女の子が手や足に包帯をグルグル巻きにされていた。半分べそをかいていて、周りはガラスの破片が飛び散ったような痕がある。おそらく店の品物を割ってしまったのだろう。
「もう大丈夫よ」
実際に怪我した部分を見ないと治療できないので、包帯を外して患部に手をかざした。目を閉じて集中する。いつものように、ハンスに教わったとおりの方法で。
(まず指先に血を集める)
いや、正確には集めるのは魔力なのだが、残念ながら常識人のわたしには到底イメージできなかった。要は想像できれば良いらしいので、魔力を血液に脳内変換して、無理やり理解することにしたのだ。わたしの中ではナイスアイデアだったのだが……これを提案したときのハンスの引きつった顔は今でも忘れられない。
(手のひら全体から血を出す)
指を切ったときにドバッと血が出るような想像をする。想像するだけで痛そうだが、残念なことにそれ以外で魔力を放出するイメージが浮かばなかった。これを提案したときのハンスの以下略。
(治りなさい)
そして念じる。これが一番簡単だった。だって思うだけだし。ハンスの場合なら、火の玉をつくったり土壁をつくったりと、もっと具体的な想像が必要なんだろうな、と思う。わたしは怪我や病気が治る想像をするだけだ。原因や身体の仕組みなんてものに一切関与しない。
「ありがとうございました」
母親っぽい人に頭を下げられ、治療費をいただく。本来は巫子がどれだけ魔力を消費したかで金額を決めるものらしいが、ド素人のわたしには自分の魔力消費量なんてわからないので、一律で100ジェニーをいただくことにしていた。一日でじゃない。一回で、だ。十分だと思うのだが、町の人たちからは「ちょっと安すぎるのでは」という声が上がるので、相場はもっと高いのかもしれない。たしかに魔力を使うと疲れはするのだが……
「これでお金もらうのってやっぱり妙な罪悪感があるのよね――」
「なんで?」
「だってわたし、薬を調合したわけでも、手術したわけでもないのに」
アイリーンがもともと素質のあった光属性の魔術で治療してるだけで、全然わたしの実力じゃない。巫子は前世でいう医者のような存在だとわかっているが、小難しい勉強も研修もせず、ただ光属性の魔術を使えるというだけでなれるので、これでお金をもらうなんて、なんだかズルしたような気持ちになってしまうのだ。
「薬をつくるのは薬師さんだけど、シュジュツって……?」
「手術っていうのは、その……治すことよ」
「あ、もしかして術の名前が決まったのか?」
「ち、ちがうわ!」
セドリックの言葉にぎょっとして慌てて首を横に振った。魔術についてハンスに教わった内容は、わたしの予想を大きく裏切ってくれたのだ。
わたしが知りたかった、①どうやったら術を“覚えた”とわかるのか、という点については、ハンス曰く「感覚」らしい。これくらい大きな火の玉なら出せるなー、土壁の高さと厚みはこれくらいできるなーっていうのを、自分の今の魔力と相談するという……なんですかソレ。さっぱりわからん。ということで、理解するのを放棄して知識だけ頭に叩き込んだ。
そして②覚えた術に名前はつけるのか、という点。名前をつけることで術の形をイメージしやすくなり、結果的に詠唱が短縮される、という利点はあるが、無理につける必要はないらしい。わたしはゲームは好きだけど、自分で術名を考えるのはちょっと恥ずかしいので、今のところ名前をつけないことにしている。
最後に、③詠唱ってどんなの?という点だが――
「なんか、魔法って『頭脳派キャラが使う』って印象だったけど、実際は『想像!感覚!イメージ!!』みたいな感じだし、けっこう体育会系よね」
「そう? あ、でも呪文を考えるのは頭をつかうと思うよ」
「う……っ、」
「イメージしやすくなって術の発動も早くなるし、つくった方がいいと思うけどなあ。ぼくの場合だと、『火の精、集いて業火となり、我が手中に宿れ』とか」
「……ハンス、わたしはあなたを心から尊敬するわ。とってもすごいと思う。わたしには真似できないもの。っていうかわたしは無理。ごめんなさい」
術名を考えるのが恥ずかしいとか言ってる時点で察してほしいが、呪文を自分で考えてつくるのなんてもっと恥ずかしい。敵に襲われて瀕死の重傷を負うとか、差し迫った状況にでもなれば気が変わるかもしれないけど、少なくとも今はできない。黒歴史反対。
「……あ、」
わたしがハンスと話すのを隣で聞いたいたセドリックだが、突然、ある方向を向くと、まっすぐに駆けだして行った。どうしたんだろう、と思う暇もなく、わたしはセドリックの口から正解を聞いてしまう。
「父さん!」
銀糸の髪が、ふわりと風に揺らめいた。