41.だれかと思えば
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「許さない……ぜったい許さない、アイツら……!」
ゆるさない、ゆるさない、と何度も呟いて。女は壁伝いに足を引きずりながら、そこを目指した。
ただ一度、たった一目だけでも会いたい。そのために、ここまで来たのだ。
夜の更けた静寂の中を、遠くに聞こえる子どもたちの声が溶けていく。耳障りな雑音だ。でも、この扉の向こうに、愛しいあの方が――
「だれ?」
扉に手をかけたところで、背後から声がかかる。バッと振り返ると、自分の背丈の半分ほどしかない幼い少女が、小さく首を傾げていた。
「うちになにかご用なの?」
「……」
「あぶないひと?」
「ッ!」
カッとなり、掴みかかろうとする。しかし少女は素早く後ろに跳び、表通りに駆けだしていった。咄嗟のことで呆然と見送ってから、慌てて追いかける。が、足に力が入らず、すぐに壁にもたれかかってしまう。くそッ、こんな体じゃなければ……ッ。
歯噛みしながら、数分も経たないうちに。少女が駆けて行った方から、足音が近づいてきた。
「ヒルデが不審者だと言うから、だれかと思えば」
顔を上げると、そこには――
「スザンナ。なぜここに」
「っ、フラン様……!」
思い焦がれた相手との予期せぬ再会に、心が乱れた。暗がりで表情はよく見えなかったが、聞き間違えるはずもない。この声。このお姿。
――ああ、私の神様
「フラン様……申し訳ございません……っ! ミッドガフドの武器屋……もう少しでお渡しできましたのに、ガキどもの思わぬ邪魔が入り……」
「なんの話だ」
「あの寂れた武器屋でございます。ずっと気に掛けておいででしたでしょう?」
「……まさか」
「ですので私、あの土地を貴方様に差し上げようと、」
「今までミッドガフドの大通りにある店を買い占めていたのはお前だったのか」
低い声と、金属の音がする。突然変わった空気に、スザンナは身をすくませた。フランはゆっくりと近づいてくる。
「フ、フラン様……?」
「私がいつ『武器屋がほしい』などと口にした」
「手に、入れたかったから、いつも気に掛けていらっしゃったのでは」
「答えろ」
怒りを滲ませたフランの声に、スザンナは言葉を失う。なぜこんなにお怒りなのか、自分は何を間違えたのか。理解ができない。
「ど……どうして……っ、フラン様、あの店の者たちが、憎かったのではないのですか……!」
叫ぶようなスザンナの質問には答えず、フランは鞘から抜いた剣を躊躇いなく横に振り払った。驚いた顔をした女が、一瞬の後に口から血を吐き、声もなくドサッと地面に倒れこむ。
辺りに静寂が戻ってきたが、代わりに漂う鉄の臭いに、フランは顔をしかめた。子どもたちにとって害となる悪臭だ。早く消したいが、まずは臭いの元である邪魔なゴミを片付けなければと、目の前のそれに手をかざした。その時、
「フランさま……?」
背後から顔を覗かせる少女に、フランは目も向けず答えた。
「……ヒルデ、中に戻りなさい」
「でも……その女のひと、」
「突然襲いかかってきました。やはり不審者だったようです。さあ、危ないので中に」
「は、はい」
ヒルデは教会の正面入り口に向かって走って行く。それを横目に見届けてから、フランは今度こそ手のひらをかざし、何かを呟いた。ゴミを掃除した教会の白い壁は、初めからそこに何もなかったような清潔さを取り戻す。
――あとは臭いか。
片手を宙に広げ、横に払う動作をする。フランを中心に、まるで竜巻のような風が一瞬だけ発生し、すぐに円となって周りに広がった。教会の裏手に広がる森の木々が数秒間ざわつき、やがて落ち着きを取り戻していく。
「子どもたちは、立派に成長しているよ。……セレーナ」
呟いた言葉は、誰にも拾われることなく、むなしく宙に消えた。
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ひと区切りです。
アイリーン6歳編も残り三話となりました。
いつも御一読ありがとうございます。