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4.迷惑かけるのはあたりまえよ

「朝だぞー!おきろー!!」


 セドリックは大声で叫ぶと、次々に毛布を引っ張り上げ、チビたちを強制的に目覚めさせていく。イヤイヤとぐずる子、ピョンと飛び起きてごはんー!と走り回る子、その拍子に転けて本格的に泣き出す子。まさに地獄絵図といったかんじだ。


「コロナ、大丈夫か?怪我は…してないな。なら痛いの痛いのとんでけー!ほら、これで大丈夫だぞ。顔あらって、ごはんにしような!ヒルデは朝ごはんいらないのか?おいしいごはんがなくなっちゃうぞー。リベルト、ルッツ!走りまわるな!ケガするだろ!」


 おお、セドリックがいつもよりお兄ちゃんっぽい。やっぱり7歳でも年長さんなんだなー。なんて感心してる場合じゃないわね。わたしも手伝わないと。


「み、みんなー、朝ごはんよー」


 控えめに呼びかけた声は誰にも届いていないようだった。うん。よし。ここはセドリックに任せて、わたしはごはんの準備をしよう。そうしよう。


 早々に諦めて部屋を後にするため踵を返そうとする。そのとき、服の端をくいっとかすかに引っ張られる感触がした。ん?と思いそちらを見る。


「どこにいくの?」


 赤褐色の髪と目をした、物静かそうな少年だった。年下か、同い年くらいだろうか。背は私より少し低いけど、足取りはしっかりとしているし、何よりこちらの言葉を聞こうという姿勢は実際の年よりも大人びて見えた。手のかからなそうな子どもだ。……と思ってしまうのはわたしが子どもを苦手としているからか。たいへん申し訳ないが、前世でも小さい子どもに縁がなかったので接し方がわからないのである。


「ごはんの準備よ」

「………ぼくも行く」


 小さな返事だ。この子は人見知りなのかな?と少し微笑ましく思いながらくすりと笑みをこぼした。少年は慌てたように顔を俯け、長い前髪で目元を隠してしまった。


「今日、フラン様はいないの…?」


 並んで歩き始めると、少年がそんなことを聞いてくる。その呼び名を久々に耳にして一瞬言葉に詰まった。少年は何を思ったのか、「神父様のことだよ」と言い換えてくれたけど、わたしはただラスボスの名前がでたことにびびってしまっただけだ。たしかボスになったときはフランシスと名乗っており、こちらが本名だったはずだが、教会の神父として公にしている名前はフランなのだ。


「お仕事でお出かけしてるのよ。だから今日は一日わたしとセドリックがあなたたちの親代わりをするの」

「親がわり…?まだ子どもなのに?」

「そ、そうね」


 心の底から同意するけど、頼まれたんだから仕方ない。何より年上とはいえ、わずか7歳のセドリックがあれほど頑張っているというのに、精神年齢三十路のわたしが弱音を吐くのは情けないし。


「あの、朝ごはんの準備、ぼくも、手伝ってもいい…かな?」

「準備といっても料理はラスボ…神父様が作ってくださったのを温めるだけよ?」

「う、うん!まかせて!」


 少年は使命に燃えたように目を輝かせる。本当に良い子だ。お言葉に甘えて彼の手も借りるとしよう。料理はできるが、やはり小さな子どもの身体は不便が多い。


 二人協力して朝食の準備を終えたころ、ようやくセドリックが子どもたちを連れてやってきた。ラスボスが作ったご飯だと思うと食欲も失せていくが、さすがに毒殺されることはないはずだと自分に言い聞かせ、みんなと同じ席で食卓を囲む。


「セドリック、このお姉ちゃんだれ?」

「あたらしい家族?」

「セドリックの姉ちゃん?いもうと?」

「うーん、今日だけ妹だな!」


 キャーと叫ぶ子ども特有の謎のテンションにあてられつつ、顔には笑みを貼り付けて賑やかな時間を過ごした。ああ、子どもが好きならよかった。きっと至福のひとときだっただろうし、こんな風に思ってしまう自分を嫌悪しなくてすんだのに。


 食事を終えると、遊びたいと騒ぐ子どもたちをセドリックが外へ連れ出してくれた。彼は良いお父さんになれるだろう。いつのまにか張り詰めていた息を吐き、肩の力を抜いた。そのときなにげなく隣を見て、慌てて顔を引き締める。今朝の少年がじっとこちらを見つめていたのだ。自然と目が合うが、明らかに疲れた表情を見せてしまったことに申し訳なさがこみ上げてくる。


「あ……あなたは行かないの?」

「うん……ごめんね」

「ど、どうして謝るの!? いいのよ、家でゆっくりしてたって」

「ごめん。つかれたよね」


 謝られている理由がわかって愕然とした。そんなことないわ、と咄嗟に言えなかった。

 あーやっちゃった。わたしのバカ。明らかにさっき見られてたもん。今さら取り繕っても白々しいだけだ。


「……セドリックはすごいんだよ。フラン様がいなくてもしっかりしてるし、たいへんだと思うのにいつもぼくたちの面倒を見てくれる。それも楽しそうに。ぼくは、早く大人になりたい。子どものままじゃだめなんだ。ぼくもセドリックを手伝えるようになりたいんだ」

「……あなた年は?」

「5歳だよ」


 十分すぎるほどしっかりしてるわよ!!わたしが5歳のころなんて何も考えてなかった。今だって6歳だけど、前世の記憶がなきゃ「お父さんがいない」と泣いてばかりだっただろう。彼らは孤児で、わたしなんかよりよっぽど苦労もしてるはずなのに、父親に愛されて健やかに育っているセドリックを羨んだり嫉んだりするのではなく、手伝いたいと言えるなんて。


ゲームのアイリーンとは違う。


「……すごいわね」

「うん。ほんとに」

「ちがうわ。セドリックじゃなくてあなたが」


 少年は驚いたように目を瞠る。もちろんセドリックもすごいと思うけど、彼はそもそも人間性から立場からなにもかも違いすぎて神聖化してしまうレベルのすごさなので、わたしには目の前の少年の方がよっぽど身近な『すごい人』に見えた。


「ぼ、ぼく、ぜんぜんすごくなんか、」

「わたしは嫉妬したもの。セドリックが羨ましかった。お父さんがいて、あなたたちみたいに大切に思ってくれる人もたくさんいて、他人を思いやる優しさも強さもある。わたしにないものを全部持ってたから」


 何気ないことのように告げて、少し考える。前世の記憶は自分の記憶と言うより、ゲームの記憶だ。

 けれど、いざ同じ世界にいて、アイリーンと同じ境遇になると、まだ子どもだった彼女が何を考えていたのかが手に取るようにわかった。回想シーンですら見なかった当時のアイリーンの葛藤が、今は現実だった。


「……だから、彼に愛されれば、わたしにもそれが手に入る。セドリックと同じくらい価値ある存在になれるんじゃないかって思ったの」


 ゲームでのアイリーンの告白を思い出す。ゲーム序盤からセドリックへの好意を隠さなかったアイリーンが、その想いをストーリー中盤で本人に……懺悔したのだ。アイリーンがセドリックに惹かれているのは、父親を失い傷ついた心に寄り添ってくれた唯一の友達だったから。……そう思っていたプレイヤー共通の認識を覆す、思いがけない決別イベントだった。


「――え、と……?」

「……ごめんね、気にしないで」

「つまり……セドリックが好きってこと?」

「え?もちろん好きよ」


 大切な友達だ。なので間を置かず答える。すると少年は少し笑って、どこか遠くを見つめるように目を細めた。この後に続いた言葉に、わたしは目を丸くする。


「セドリックにはお父さんがいるからね」

「え……?」

「ぼくたちには親がいないから、みんなに迷惑かけるんだ。ごはんも住むところも、ぜんぶ、だれかにめんどうをみてもらわないと生きていけない。だれの役にも立てない、ひつようとされてない人間なんて生きてる意味ないのに」


 だから早く大人になりたい。そうなめらかに話している間も、少年は淡々としていて表情を変えることはなかった。

 この子は、もしかして。


「誰かに言われたの」


 罰が悪そうに目をそらす。一目でわかるその反応に、自分でも驚くほど頭に血が上った。

 みんなに迷惑?ぜんぶ面倒みてもらわないと生きていけない?そんなの、そんなの。


「……それを聞いてあなたはどう思ったの」

「そのとおりだなって」

「そうね。よくわかってるじゃない」


 身体ごと向き直り、揺れる赤褐色の瞳を正面から捉える。さっきまで無表情だと思っていた少年は、今にも泣き出しそうな、まるで子どものような顔をしていた。だからこそ堂々と言い放ってやる。


「迷惑かけるのはあたりまえよ。孤児だろうと親がいようと関係ない。いえ、子どもだろうと大人だろうと関係ないわ」

「でも、」

「孤児は大人全員に迷惑かけて生きていくし、親のいる子どもは親だけじゃなくその他大勢の大人全員に迷惑かけて生きてくもんなの」

「っ、」

「あなたさっき『だれの役にも立てない』って言ったわね。じゃあ聞くけど、あなたにそんなことを言った大人は、誰かの役に立っていたの?」

「それは……わか、らないけど」

「そう。でもはっきりわかることもあるわ。その大人、子どものあなたに迷惑をかけてる」


 戸惑ったように見つめ返してくる。少年から視線を外し、イライラした気持ちを落ち着かせようと細く息を吐いた。


「そんな『役立たず』で『必要とされてない』大人の言うことなんて真に受けなくていいの!あなたの方がよっぽど役に立つし、必要とされてるんだから」


 ふん、と最後は吐き捨てるように言ってしまう。あースッキリした。いったいどんなクズよ、こんな幼気な子どもにとんでもないこと吹き込んだのは。同じ大人として情けないわ!たしかにわたしも子どもは苦手だけど、社会的弱者を蔑ろにする社会のクズは大っ嫌いなのよ!


 言いたいことを全部言ったことで気分をよくしていると、隣から妙な沈黙が落ちていることにようやく気付いた。そしてすぐに後悔の気持ちが押し寄せる。顔を青くして、さっきの自分の発言を振り返ってみる。

 『役に立つ』ってなんだ。何様目線だ。というかここは、年頃の女の子らしく、傷ついた幼い少年の心を癒すような、温かくて優しい言葉をかけてやるべきだったのでは……。


「あ、あの、ごめんなさい。役に立つっていうのは違うわね。そんな偉そうなこと言いたかったわけじゃなくて。だって――そう!あなたは朝ごはんの準備を手伝ってくれたでしょ?つまりわたしの役に立ってるのよ!だからわたしが必要としてるってこと!――ってこれもなんか違う?わたしだけじゃ意味ない感じ?えっと、」


 しどろもどろに言い訳の言葉を探していると、ポカンとしていた少年が肩をふるわせ始めた。やがて堪えきれないといったように声を漏らす。


「っ、ふ、ふふっ、ははは!」


 嗚咽だったらどうしようかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。声を上げて笑い出した少年を、今度はわたしがポカンと見つめる番だった。怒ったり泣いたりしてないならよかったけど、なんで笑われてるのかはさっぱりわからない。やっぱり子どもは理解不能である。


「もう…っ、笑いすぎておなかいたいよ。アイリーンって変わってるね」

「そ、そう…?」

「うん。セドリックの言ってた意味がちょっとわかった」


 あの主人公は何を言ってくれてるんだ。帰ってきたら吐くまで問い詰めてやると心に決め、変わってるのはこの少年の方だとしみじみ思う。わたしは怒っていたのであって、笑わせようとしたわけじゃないというのに。まったくこの少年は――…


「……そういえば、あなた名前は?」

「えっ、ハンス、だよ。まさか知らないでずっと話してたの…?」

「ごめんなさい。心の中でずっと『少年』よびだったわ」


 軽く愕然としたような顔をされたが、だってしょうがないじゃないか。自己紹介する機会なんてなかったのだから。少年――ハンスは不満そうに、「年はそんなに変わんないのに…」とひとり呟いていた。それに関しては申し訳ないが、こちとら三十路だ。言わないけど。


 それからは天気や趣味、好きな食べ物など、とりとめもない話をして時間をつぶした。お見合いか!と思ったけど仕方ない。わたしは6歳の女の子らしい会話も、5歳の男の子をターゲットにした魅力的な話題提供もできないのだ。ハンスは空気が読める子だったようで、そんなわたしを察してか無理に話を盛り上げようとしてくることはなかった。なんかごめんなさい。しばらくしてセドリックたちが戻ってくると、わたしたちはようやく『子どもらしくない会話』をやめることができた。



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