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38.こんなネタばらしいらないのよ

 

 不穏な空気を纏ったセドリックとハンスが、ダンとヤッカスを連れて外に出ていった直後、スヴェンが思い出したように口を開いた。


「あ、そういえば、お前ら明日からクビな」

「……はい?」

「理由は、お前らに給金を払える当てがなくなった。以上」


 意味を理解する前に、話は終わりだとでも言うようにスヴェンは背を向けてしまった。ライナルトも口をポカンと開けたまま目を丸くしている。

 ……って、いやいや!!待って!!待ちなさいよ!!!


「ッ、ど、どういうこと!?」

「そういうこった」

「意味分かんないけど?!」

「仕方ねーだろ。家買っちまったんだから」

「なっ!? なんで家なんて買ったのよ!」

「誰かさんの案に乗った」

「だっ、だれよソイツ!?」

「イヤおまえだよ」


 動揺のあまりまったく意味を理解しないままスヴェンを問い詰める。するとなんということでしょう、彼は店の土地を売ったお金で、わたしたちの給金を払える予定をしていたらしい。なにそれ聞いてない。


「いや……思ってたのよ? この店のどこにそんなお金あるんだろうなーって。絶対、裏があるに違いないって。でもこんなネタばらしいらないのよ!!」

「さらっと失礼なヤツだな」

「なんでそんなに金がほしいんだよ? なんか困ってんのか?」


 それまで傍観していたライナルトが、頭を抱えるわたしに心底不思議そうに尋ねた。……こんな子どもに言って良いのかと迷うが、事実なんだから仕方ないと開き直って、切実に訴えてみることにする。世の中きれい事だけじゃ生きていけないのだ。


「生活費よ。」

「せーかつひ」

「食費とか、服とか。いろいろあるでしょ? ご飯は毎日食べるし、子どもだから昨日着てた服が次の日にはもうきつくなってたりするし」

「食費って……その日に食う飯も困るくらい教会はやべーのかよ」

「教会は関係ないわよ、わたし一人で暮らしてるから」


 スヴェンが挟んできた言葉に何気なく返す。すると、なぜかギョッと目を剥いて固まってしまった。


 ……あれ? なんかマズいこと言った? 


 このときのわたしはすでに感覚が麻痺していて、気付かなかった。6歳女児が一人暮らしなんて、控えめに言って頭おかしいと。


「フ、フラン様は引き取ってくれなかったのか!?」

「え? いや、わたし教会はちょっと、イヤっていうか困るっていうか――」

「へー!アイリーンってひとりで暮らしてんだ!すげえ!」

「へ? そう……かしら? あ、そっか、そうかも」

「そうかも、じゃねえ! ワガママ言ってる場合か! フラン様を頼れ!」


 スヴェンが「フラン様」と呼ぶのがなんだか新鮮で、本当に彼も教会で育ったんだなと実感する。ライナルトは瞳をキラキラさせてわたしに尊敬の眼差しを向けてくれた。そんな立派なものじゃないので居心地が悪い。


「訳あってフラン……様を頼れないの」

「俺が話してやる」

「間違えマシタ。訳あって一人暮らししたいの。これには海よりも深ーい事情があるから詳しくは言えないんだけど!」

「それで金がほしいってのか。なるほどな」


 ライナルトはうーんと腕を組んで考え始めたが、わたしは、まあ仕方ないか……と諦め始めていた。もちろん非常にガッカリはしている。しかし、事前にわかっていたら何か結末が変わったのかというと………なにも変わらなかった気がする。やはり現実はご都合主義的な展開にならないのだ。良いこともあれば悪いこともある。これでちょうどバランスが取れてよかったってことに……いや、やっぱり悔しい。うぅ、またバイト先を探すとこから始めないといけないのね……っていうか結局一日しか働いてない! 贅沢なこと言わないから、子どもでも働ける場所を探そう。うん。そして堅実に稼ごう。そうしよう。


「……まだガキなんだから、大人に甘えてもいいと思うがな、俺は」

「あはは……。ごめんなさい」

「あー……いや……なんか、俺も悪かった」

「仕方ないわよね……心配してくれたのは嬉しかったわ」


「あ!そうだ、俺と結婚すりゃいいじゃん!」


 思いついた!という顔で。せっかく上手く話がまとまろうとしていたところに、いきなり予想だにしない爆弾が投下された。ライナルトは嬉々として声を弾ませているが、わたしとスヴェンは会話をしていた表情のままピシッと固まってしまった。


「そしたらここに住めるし、金もいらねえだろ? 食いもんもあるし、服は――俺のヤツを着るとか!」

「…………おい、ライ」

「すっげえ!全部うまくいくぜ!な、アイリーン、結婚しろよ!」

「しません。」

「え、なんで」

「……ライナルト。子どもはね、結婚できないのよ」

「え。そうなのか?スヴェン」

「あ、ああ……」

「何歳になったら結婚できんだ?」

「男は18。女は16―」

「じゃあスヴェンは結婚できんじゃねーか!アイリーンと結婚しろよ!」

「いや、なんでわたしがスヴェンさんと!? あとわたし6歳だから!あと十年は結婚できません!」


 子どもってとんでもないなと久々に恐怖を感じた。思いつきをすぐ言葉にする。しかも善意百パーセントなのがすごい。将来、黒歴史になること間違いなしだからやめておきなさいと言ってあげたい。


 ライナルトの暴走はスヴェンが必死になって止めてくれた。「今すぐその口を塞がねえと死ぬぞ」と、今にも恐怖が身に迫っているような咎め方は謎だったが、そうこうしてるうちにセドリックたちが帰ってきて、その謎はうやむやになってしまった。


(――にしても、あんなによそ者を嫌ってたのに。わたしとは結婚して一緒に住んでもいいって思えるくらいになったのね)


 ずっと牙をむいて威嚇していた野生の猫がとうとう懐いたような、不思議な感覚だった。




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