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37.悪くねえ

 

 ****


「そんだけ元気なら大丈夫だ」


 起き上がった俺に、スヴェンはいつもの軽口を返した。その変わらない態度が嬉しくて、また酷く懐かしいような気がして、目頭が熱くなる。


 ――帰ってきた。無事に、帰ってこれた。


 実感が湧いたのはこれで二度目だ。一度目は、目を覚ました瞬間。少女が、とめどなく涙を溢れさせたときだった。




 ぎゅっと俺の手を握る、俺よりずっと小さな手は、ずっと小刻みに震えていた。なのに、言葉もなくただ涙を流す少女に、初めは呆然とするしかなかった。


(なんで、泣いてんだよ)


 本当にわからなくて。握られた手をふりほどくことも出来ず、少女の泣き顔を眺めていた。


(俺なんて、ただの他人だろ。しかも、自分勝手に行動して、迷惑ばっかかけて)


 彼女は無関係だ。カザミドリでたまたま雇われてはいたが、それでもたった一日だ。

 ダンやヤッカスが誘拐したせいで、関わるようになってしまっただけ。しかもそれは犯罪で、そもそも俺が契約書のことを二人に相談したせいで、起きてしまった事件だった。

 俺は、怒られたり嫌われたりはしても、好かれたり、情けをかけられるなんて、ありえない。セドリックやハンスのように、怒り狂うのが当然なのだ。

 なのに、彼女は。


 胸に熱いものがこみ上げた。――それは、目の覚めるような思いだった。


(この子は……俺のために泣いてくれるのか)


 ついこの前まで、顔も名前も知らなかった俺のことで。


 こんなにも心配してくれる他人がいることに、俺は初めて衝撃を受けた。


 スザンナのこともあり、女なんて、という気持ちがあった。加えて、町の外から来た「よそ者」。俺の大嫌いな人種だ。初めて彼女と会ってからずっと。面と向かって会話しても、笑顔を見せても、俺は心のどこかで思っていたのだ。言葉で何と言おうと、裏では何を考えているかわからない。騙されるな。気を遣っているような言葉だって、演技に違いない。信用してはいけない、と。


 なのに。


『おかえりなさい』


 そう笑って、透明な涙を流した彼女の言葉は、心にまっすぐ届いて。俺の中で固まっていた氷のようなものを温かく溶かしていった。




「気分は」


 スヴェンの短い質問にハッとして、自分の全身を少しチェックする。手のひらが少し他の部分より温かい以外、痛い場所も、違和感のある場所もない。……それどころか、いつもより調子が良いほどだ。


「……悪くねえ」

「ハッ、寝坊しすぎていい夢見たんじゃねーか。巫子の祈りを受けたんだ」

「みこの祈り……?」


 顔を上げて問い返すと、スヴェンが視線を向ける先には、彼女が――アイリーンがいた。


 アイリーンたちは、その後スザンナを逃がしてしまったという情報を共有していたらしい。名前を聞いて少し身体が硬くなったが、スヴェンが「かまわねーよ」と答えたことでホッと肩の力を抜いた。さらにスヴェンが珍しくお礼のようなことを言ったので、ダンやヤッカスに面白がられている。俺も他人事なら面白かったのだが、内容が内容だったので口をつぐんだ。心配をかけたことはわかっているし、反省している。けど、やっぱり嬉しいと思ってしまった。店を続けられることも。またみんなに会えたことも。


 心から安堵して、自然と口元に笑みが浮かんだ。熱を持った左手を――アイリーンに握られていた手を胸元に広げる。目が覚めたときからずっと温かくて、俺が生きてるってことを教えてくれる、自分の手なのに、不思議な手だ。


(みこの祈りって、たしか――)


 ちゃんと動くことを確かめるように手を開いたり閉じたりしながら、ふと、スヴェンが言ったことを思い出した。――巫子の祈り。


 どんな病も傷もたちどころに治してしまうという、巫子の究極魔術。と、昔スヴェンから聞いたことがある。ランクが最上位の巫子でも使える人は限られる術だとか……どちらにせよ大げさな物言いだと思っていた。巫子というのは、ただ単に光属性の魔術を使う人のこと。俺とは遠い存在。だから興味もない。なかった。


 けど、アイリーンは巫子かもしれない。それがわかると、俺は遠い記憶を呼び起こした。


 世界で半数ほどしかいない魔術の使い手の中で、光属性の魔術を使う者はさらに1割ほどに激減するという。非常に少ないので、素質があるとわかった者から巫子座へ強制連行される、なんて噂もある。もちろん巫子座で学ばなくても魔術は使えるので、人々を助けることはできるらしい。だが、王族や貴族からも重宝され、将来安泰が約束される巫子は、巫子座に身を置くのが普通だという。ミモトが保証されて安心だから――とかスヴェンが言ってた気がするが、どういう意味かは正直わからなかった。


 アイリーンは巫子だったのだろうか。


 まあ……別にどっちでもいいか。


 彼女への親愛と、感謝を込めて、誓いのように手を胸に当てる。

 この先、彼女に助けが必要になったときは、俺が助けよう。「俺が勝手にやってるんだ」と言って。助けたいと思うのは俺の自由だ。「だから勝手に利用しろ」とも言ってやりたい。助けてもらってるなんて思われるのは嫌なのだ。


「……やっぱすげえ素直じゃねーな、これ」


 呆れ半分に、あの時の言葉を繰り返した。もう半分は、堪えきれずに笑いながら。

 素直じゃない。かわいくない。……けど妙にくすぐったい。こういうのも意外と、




 悪くない。


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