35.巫子
武器屋カザミドリに戻ると、すでに引き上げていたセドリックやヤッカスがわたしたちを出迎えてくれた。しかし、二人とも顔色が悪く、表情は硬いまま陰鬱とした空気を纏っている。
「ライが目を覚まさねえんだ」
ヤッカスの一言で店の奥に走り、ベッドに横たわるライナルトに駆け寄った。眠っているだけのようにも見えたが、何度呼びかけても身動きひとつしないらしい。傍らで看病しているスヴェンは、まるで何日も眠っていないかのように憔悴しきった顔で、ライナルトを見下ろしていた。
「……見える怪我は治した。あとは目ェ覚ますのを待つだけだ」
「ちゃんと起きるんだよね……?」
不安げなハンスの質問には誰も答えない。みんな難しい顔をしたままだ。わたしも、わかってしまった。もう怪我を治したということは、あとは待つしかできないということだ。どこがどう悪くて、どうして目覚めないのかがわからないのだ。この世界には、医者もいなければ病院もない。病気も怪我もすべて、光属性の魔術の使い手である巫子の治癒術を頼るしか――
「――巫子。そうよ、ミッドガフドの巫子は!? 町に一人は必ずいるはず!」
「お嬢、残念だが今はいねえんだ。……王都に緊急の招集がかかったとかで、一週間ほど前から出払ってんだよ」
「王都!? なんでこんな時に、どうしてわざわざここから……王都にも巫子はいるのに――」
「クソッ」
わたしとヤッカスの会話を遮るように、スヴェンが忌々しそうに吐き捨てた。横顔からも見て取れるほど深く刻まれた眉間の皺は、これ以上ないほど悔しそうで。血が滴りそうなくらい唇を強く噛み締め、震えるほど握りしめている拳が痛々しい。誰もが下を向き、掛ける言葉も見つからなかった。
(……巫子)
巫子さえいれば安心できる、とまでは言えない。その重圧と期待に押しつぶされ、身体を壊し、心を病む巫子もいることを、わたしはゲームの知識として知っている。なのに、どうしても彼らや彼女らに縋りたくなってしまうみんなの気持ちが、今ならよくわかった。だって今、こんなにもなんとかしたいと思っているのに、こんなにも何も出来ない。
(……本当に? わたしにはなにも出来ないの?)
本来なら、わたしは巫子になれるはずだ。アイリーンは光属性の魔力持ちなんだから。ゲーム中では彼女がいつから魔術を使い始めたのかわからないけど、わたしより幼いハンスがいる以上、「子どもだからできません」は通用しない。わたしは、魔術を使える。レベルなんて関係ない。わたしは今、魔術を使いたい。万物を癒やす力がほしい。
ライナルトを治す力がほしい
ライナルトを救いたい
「アイリーン?」
突然ライナルトの手を取ったわたしに、セドリックが怪訝な顔をする。けど、今のわたしはその冷たい手と、ライナルトへ全神経を向けていて、耳には誰の声も届かなかった。
(どうして目を覚まさないんだろう。怪我はない。毒や麻痺……もない。状態異常じゃない。頭を強く打って昏倒してるだけ? だとしたら一日休めば目を覚ますかもしれない。でも、確かな根拠はない)
それじゃダメだ。
わたしは今、助けたいのよ!
ライナルトに触れていたわたしの手が、突然強く熱を持った。まるで全身の血が手だけに集まったような感覚。これじゃ足りないと本能で理解して、わたしは両手でライナルトの手を包み込む。すると今度は両方の手から熱が漏れ、ライナルトに伝わる。彼の全身を巡るように、わたしの中から何かが流れていくのがわかった。
「アイリーン……手が、」
「光ってる……?」
「え。え、マジ? えっ、これって、」
「は……うそだろ……コイツまさか、」
「…――巫子」
単語だけを呆然と口にした、スヴェンの声を合図に。
瞼が、動いた。




