33.覚悟しなさい
「ちょっとヤッカス!!なんて危ないことすんのよ!!中にライナルトがいるかもしれないのに!」
「だいじょーぶ!ここ入り口の近くだから!全部は崩れてないから!一部だけ!」
「そういう問題じゃない!打ち合わせと違うでしょ!? ライナルト、いる!?」
ヤッカスが斧で空けた穴から、下をのぞき込む。目を丸くして見上げてくる男と女がいることをまず認識したが、そいつらは一旦放置して、わたしは部屋の奥に向かって声を張り上げた。床に手足を縛られた状態で転がされている少年がいる。
「っ、ライナルト!生きてる!?」
「ちょっ、お嬢!あんま乗り出したら危ねえって」
「あ……」
返事をしようとしたのか、しかしうまく声が出ないようすのライナルトは、ゲホゲホッと苦しそうに咳き込んでいる。天井を壊した勢いで舞った土埃のせいかもしれない、とは思わず、驚愕に目を見開く女と剣を握ったガタイのいい男をキッと睨み付けた。
「あんたたちッ!誘拐及び児童虐待よ!今すぐブタ箱にぶちこんでやるから!覚悟しなさい!」
「は……ッ、テメーら正気か!? 家壊すかフツー!?」
「こ、こんなことして……っ、今すぐ町の警備隊を呼ぶわよ!」
「あら、いいの? この状況。どう見ても悪者はあなたたちの方だけど」
女たちはハッとしたようにライナルトを見る。その隙にわたしとヤッカスは素早く目配せした。ここからは、本来の打ち合わせ通りに。
「スザンナ。取引しましょう」
「な…っ」
「ここに土地売買契約書があるわ。これと引き替えにライナルトを返して」
実際に目の前にそれを見せながら、わたしはスザンナに要求した。それまで唖然としているだけだったスザンナは、わたしの持つ契約書に目を細めると、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もういらないわ、そんなの。本物は大通りで不届き者に盗まれてしまったの。だから仕方なく私は予備に複製してあった契約書で代行するのよ。正当な理由でしょ?」
「……そう。ならこの契約書はわたしたちのものになるけど、本当にいいのね」
「ええ、いらない。くれてあげるわ」
「じゃあ今から、ここの土地はわたしたちのものよ」
ヤッカス!と呼びかけると、はいよ、お嬢!と、準備を終えたヤッカスが、屋根から室内に飛び降りた。驚いた女が目を見開き、男は剣を構えようとする。が、ヤッカスがそれより早く斧を振り回し、女たちを遠ざけながらライナルトのもとへ走った。ライナルトを背で庇うと、ヤッカスが「今だ!」と合図を送る。直後、
ドオオオオォオーーーン!!!
入り口の扉が爆風で吹っ飛んだ。ヤッカスが身体を張って守っているのでライナルトには少しの危険もないが、他二人は突然の衝撃に対応できず、前のめりにバランスを崩した。わたしが上からチラリと玄関をのぞくと、扉を破壊したのはハンスだ。野球ボールサイズどころか、膨らんだ風船サイズの火の玉をぶつけて。
そこからは一瞬だった。爆風の中、室内に侵入したセドリックとスヴェンが、それぞれに目標を定めて走る。
セドリックは扉の破片を剣でなぎ払いながら、体勢を立て直した男に向かっていき、剣を振るう――と見せかけ、上に投げつけた。驚いた男が上を向いた隙に、足払いをして転ばせ、さらに男の手を蹴って剣を手離させる。上から落ちてくる自分の剣はしっかりとジャンプして受け止めると、その勢いのまま男の上に飛び乗り、首元に剣を突きつけた。……なんというか、すさまじい。あのまま首を切り落としてしまうんじゃないかとちょっとヒヤヒヤした。いくら誘拐犯かつ児童虐待犯といえど、目の前でスプラッタはちょっと困る。
スヴェンは体勢を崩したままのスザンナの腹に剣の柄を打ち込み、昏倒させた。スザンナの戦闘力はもともとそんなに高くないのだろう。武器も持っていないようだったが、スヴェンは念の為、スザンナの両手を背中でひとつにまとめあげた。セドリックに比べたら紳士的だな、と思ってしまうのは許してほしい。
「おじさん、まだやるのか?」
「おっ、俺は雇われただけだ!見逃してくれッ!」
「ふーん……。だってさ、アイリーン!コイツどうしたらいいかな?」
「油断しないで。そういう作戦かもしれないわ」
「ちッ、ちがう!!こんな女どうなってもいい!俺は関係――」
「おじさんダメだって。動いたら―――いと―――――――ろ」
「ひ、ぃッ」
「オレ、あんまり傷つけたくないんだ。―――――――――たから」
ぼそっと呟いたいくつかの言葉は聞き取れなかったが、やっぱりセドリックは優しい。非情になりきれないのは、本来戦いに向かない性格をしているということだ。男はセドリックの言葉を聞くと、抵抗をピタリとやめ、完全に戦意を喪失したように見えた。もちろん油断はできないけど、幼い少年の心優しい思いに感銘を受けたのかもしれない。
「スザンナ、てめえも終わりだ」
「……さない、…るさない、ゆるさない、許さない、許さない!!!こんなことをして、あんたたち、どうなるか、わかってるの!? 町の警備隊に、突きだしてやるわ!!そうよ、なんで!こんな騒ぎに! 警備隊はこないの?! この町に、いるでしょ!? なにやってんのよ!!」
「さあな。町でデカい事件でもあったんじゃねーか」
息も絶え絶えに声を張り上げるスザンナは、背中にいるスヴェンだけでなく、周りにいる全員を射殺さんばかりに睨み付ける。わたしは屋根から飛び降りる――なんて身体能力はないので、いそいそと外から壁伝いに降りて、壊れた玄関から家にお邪魔した。興奮状態のスザンナに近づくのはちょっと勇気が必要だったが、大事なことだったので彼女の前に立つ。ずっと持っていた、土地売買契約書を彼女が見えるように掲げて宣言した。
「スザンナ・ラグルドール。本日付でこの別荘のある土地は、ライナルト・ヴェッカーの所有するところよ。自分の家に来た客人とたまたま喧嘩になっただけ。運悪く自分の家を壊してしまっただけ。客人は怪我ひとつない。もし警備隊が来ても仕事なんてないわ」
「な……っ、なにを言ってるの!?」
「コレがカザミドリの契約書だなんてわたし、一言も言ってない。さっきあなたは『土地を売却します』と承諾したじゃない」
「そんなサインした覚えないわ!!」
「口頭でも、第三者の立ち会いのもと契約は成立してるわ。この書類にもちゃんと書いてあるでしょう?」
「あ、俺が立ち会い人ね。『くれてあげる』ってたしかに聞いたぜ。スザンナ嬢」
ヤッカスがニヤリと歯を見せ、片手を上げる。スザンナは顔を真っ赤にして、それでも納得がいかないのか唇をわなわなと震わせた。
「き………汚いわよっ!!!」
「どうして? ちゃんと契約書を用意して、立会人もいた。書面にあるとおりの正当な手順よ。あなたが、ライナルトを騙して契約したのもこの方法!」
「ッ!!!」
「……これ以上、カザミドリの土地で好き勝手するなら、この契約書のもと、わたしたちが警備隊を呼ぶわ」
できるだけ高圧的に。傲慢に。意識して口元だけをにやりと歪め、言い放つ。スザンナは今度こそ言葉を失ったようすで、ガクリと膝をついた。スヴェンが少し顔の筋肉を緩める。スザンナが抵抗をやめたのだろう。
視界の隅でニカッと笑うセドリックに気付き、わたしもようやく一息つくことができた。
戦闘後の勝利宣言って、気持ちに区切りをつけるために言うのかもしれない。今はとてもそんな気になれないが、安心して脱力しそうになる足にグッと力を入れた。
まだ、全部は終わってないのだから。