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30.勝手にやってるのよ

 

「店にまったく思い入れがねえわけじゃねえ。テメーらの好きにしろ」


 またそんな素直じゃないことを言って、スヴェンはひらひらと手を振りながら店の方へ歩いて行く。そろそろ夜も更けてきたので、セドリックたちを呼びに行くのだろう。今日はここに泊めてくれるという話だ。


 本当はすぐにダンたちのところへ戻るつもりだったけど、さすがに止められてしまった。まぁ、小さい子どもが多いので、わたしが彼の立場でもそうしたと思う。バイト後に異様に疲れていたのは、きっと柄にもなく落ち込んでいたからだ。今のわたしはなぜかすこぶる元気だった。前世で夜更かししながらゲームやネットをしていたことを思えば、こんなに早く寝る必要ないのに……と思ってしまうくらい。もしかしたら深夜テンションなう!なのかもしれない。


(ま、仕方ないわね。セドリックやハンスたちはほんとに疲れただろうし)


 慣れないバイトで身体的に、わたしの誘拐事件で精神的にも疲労困憊しただろう。その点については本当に申し訳なかった。


「あ」


 目を伏せていると、小さく声がしてそちらに顔を向けた。店から戻ってきたらしいライナルトが、立ち止まって落ち着きなく視線を泳がせている。


「どうしたの?」

「――あの、まだ、礼言ってなかったから」

「へぇ、だれに?」

「アンタに決まってんだろ」


 ギロリ、と睨まれてしまった。それが礼を言いたい人に向ける顔なんだろうか。


「いいわよ、全部終わってから言ってもらうから」

「―――いや。アンタがいたから、スヴェンを助けられた。……ありがとう」


 そのスヴェンを襲ったのはわたしの友達なんだけど、とはとても言えない空気で、ライナルトは頭を下げた。ぱちぱちと何度か瞬きし、どういたしまして、とだけ返す。面と向かってお礼を言われるのはあまり慣れない。


「でも、お礼を言うのはわたしかも。スヴェンさんが本気で抵抗しないでくれたから、セドリックもハンスも怪我ひとつなかったんだもの」

「その礼ならあいつらが言うべきなんじゃねーのか」

「あら。じゃあさっきのあなたのお礼も取り消すべきね。スヴェンさんが言うべきでしょ?」

「……。俺が助けたかったんだ」

「わたしもよ。守りたかったの」


 顔を見合わせて、どちらからともなく逸らした。不毛な言い合いだ。


「……さっき、スヴェンに言われた。危ないことはすんなって」

「そう……」

「でも……やれるだけやってこい、って」


 声のトーンを落とした彼に、思わずもう一度目を向けた。ライナルトは斜め下をじっと見つめ、身体の横で固く握った拳を小さく震わせている。


「ライナルト、」

「俺が、この店も助けたいっつったら、アンタは手伝ってくれんのか」


 息をのんだ。

 彼が、『よそモン』のわたしにこの言葉を口にするのには、どれほど勇気がいっただろう。


 でも、


「最初からわたし、自分のために勝手にやってるのよ。仕事先がなくなったら困るから」

「……」

「だからあなたも勝手にわたしを利用していいわよ」


 きつく唇を噛んでいたライナルトが、ハッとして顔を上げた。驚きに見開かれる目に、挑戦的な笑みを返す。『手伝って貰ってる』なんて思われるのは癪だ。別に恩を売りたくて協力してるわけじゃない。利害の一致。いわば同盟だ。利用してやる、と思われる方がずっといい。


「……アンタってすげえ素直じゃねーのな」

「っ、……否定はしないけど。でもホントよ。自分が損するような協力はしないでしょ」

「そういうことにしてやるけど」

「なんで急に偉そうなのよ」


 ムッとして言い返すと、ライナルトは目を細めたあと、ニヤリと歯を見せた。やがて大きく口を開け、声をたてて笑う。この快活な、地面を揺らすような騒がしさが本来の彼なんだろうな、と漠然と思ったけど、あまりおもしろくはなかったので、近づいて頬をつねっておいた。


「いぎッ」

「笑いすぎ!」

「わりーわり。つか、聞いときてーんだけど。向こう出るときダンたちに頼んだこと、アレなんだったんだよ?」

「アレ?」

「そっくりがどーのこーのって」


 なんだちゃんと聞いてたの、と肩を上下させる。ずっと気にかけるほどたいしたネタバレはなく、女性が契約書を複製して何枚も所持していた場合のことを心配しただけだ。対峙したときに余裕そうな態度をしていても、『複製もこうして全部盗んだ』とハッタリをかませれば、わずかでも動揺させることができるんじゃないか、という。


「たいじしたとき?」

「会って話すときってこと」

「あの女とまた会うのかよ!?」

「会わなきゃギャフンと言わせられないでしょ」

「そりゃ……そうだけど」

「まあほっといても向こうから会いに来ると思うけどね」


 何気なく口にすると、ライナルトはギョッとしたように目を剥いた。わたしはむしろ、今夜来てもおかしくないとすら思っている。

 セドリックたちがカザミドリを疑い、スヴェンを襲った理由は、おおむねわたしの予想した通りだったのだ。つまり、『被害者の女性に犯人の心当たりを尋ねた』。それに対する返答を彼らがあっさり信じてしまったのは、カザミドリの土地売買契約書が盗まれたという信憑性があったから。周りにいた町人に裏を取るくらいはしたらしいけど、頭に血が上って冷静に考えられなかった、とハンスが申し訳なさそうに教えてくれた。

 むざむざと攫われてしまったわたしにも責任があるので強く責めることはできない。


「でも今日はもう休んだ方がいいわ」

「なっ、なんで……!」

「もし女がここに来ても契約書はないんだし」


 焦る必要はない。ダンとヤッカスと合流して、じっくり作戦を立てるべきだ。……その前にセドリックとハンスの説得が必要かもしれないけど。


「あ、セドリックとハンスには事情を説明してくれたのよね?」

「……あぁ」

「協力してくれそうな感じ?」

「……ダンとヤッカスを一発ずつ殴ったら、たぶん」


 ヤッカスは許してあげてもよくない!? ハンスには魔法で転ばされるわセドリックには剣で脅されるわと、わりと踏んだり蹴ったりな男だ。ダンからの扱いも雑だったし、全体的にちょっと不憫なような……。


「……。うん、問題ないわね!明日に備えて、さっさと寝ましょう!」


 ヤッカスのことは明日心配するとしよう。おやすみ!とライナルトの肩をたたき、わたしもセドリックたちを迎えにいくことにした。なかなか戻ってこないところを見ると、迎えに行ったはずのスヴェンにいびられているのかもしれない。さすがに今日は彼に逆らえないだろうし。




 セドリックとハンスのことに気を取られていたわたしは、このとき気付けなかった。




 ライナルトが、わたしの問いかけにぼんやりとした返事しかしなかったこと。


 顔から笑みを消し、思い詰めたように唇を噛んでいたこと。




 不安を与えるような言動をするべきじゃなかったと、翌日、思い知ったのだ。



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