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27.ガキはガキの世話焼いて成長するモンなのかね

 

 **


 ガラガラン


 入り口の扉にある鈴が、いつもより大きな音を立てる。あたりが暗くなるにつれ、通りを歩く人が少なくなり、町が静かになったせいだ。


「お客さん、悪いがもう店じまいだ」


 カウンターの奥で商品である剣の手入れをしながら、スヴェンは顔も上げず眉をひそめた。しかし、客は一言も発さず、かわりに聞こえてきたのは、金属が何かの上を滑るような、――武器屋だからこそ、耳に慣れた音だった。不審に思い、顔を上げた次の瞬間――


「――ッ、!?」


 ガキィンッと鈍い音が、すぐ耳元で爆発する。

 気付けば、手入れ中だった剣を横に構えていた。頭上から勢いよく振り下ろされるソレから、咄嗟に己の身を守るために。しかし、体勢までは間に合わず、力に押され横に転がるようにして膝をつく。舌を打つ暇もなく、次の一撃を加えようとした敵が飛びかかってきたので、跳ねてカウンターの上に飛び乗った。片膝をつき、剣を向け、正面から敵を威嚇する形をとって――声が震えた。


「っ、なんの、真似だ、セドリック……ッ」


 敵は――セドリックは、スヴェンの質問に答えなかった。


「返せ」


 ただ一言、低く威圧的な声を発し、感情を削いだ目でスヴェンを睨み付ける。柄にもなく背筋がゾクリとした。なんのことだ、と口を開こうとした瞬間にまた距離を縮められ、後ろ向きに飛び降りて店の入り口へ走る。狭い室内では、体格の小さな彼の方が有利だからだ。


 しかし、外へ一歩踏み出そうとした、その足下に、バチンッと大きな衝撃が走った。


 ギリギリで踏みとどまったスヴェンは、鼻につく焦げた臭いに顔をしかめる。顔を上げると、店先にいた少年は、


「逃がさないよ」


 燃えるような赤い瞳の奥に、怒りの色をにじませていた。


「――ったく、アイツはガキどもにどんな教育してやがンだ……」


 思わず後ずさると、背後に突きつけられる剣先の感触。ピタと足を止めるが、今にも貫かれそうな殺気に額から汗がにじんだ。閉鎖的な空間で、二対一。しかも子どもとはいえ、相手は剣士と魔術師だ。さすがに突破口が見つからず、獲物を手放して両手を挙げた。


「チッ。――降参だ」

「アイリーンはどこだ」

「は? ……あの生意気なガキ?」

「言え」

「し、知るかっ。テメーら一緒に帰っただろーが」

「その途中で攫ったのはあなたの仲間だと聞いたよ」


 口数の少ないセドリックに代わり、ハンスが口にした内容に目を見張る。ようやくこれほどの殺気を向けられている理由がわかり、ポカンと口を開けた。――とんだ誤解だ。


「――誰だ、そんな適当なホラ吹きやがったのは、ッ、」

「アイリーンになにかしたら許さない」


 ずっと温度のなかったセドリックの声が、初めて怒りをにじませた。半歩でも動けば背中に刺さるだろう牙に、喉を上下させ、再び両手を高くあげる。昼間、ここで働いていたときとはまるで別人のような変わりように、衝撃を隠せなかった。――これが、あのセドリック・ハドマンなのか。




 ――およそ5年前。


 スヴェンは13歳。彼の息子――セドリックは2歳になったばかりだった。


『待ちなさい、スヴェン』


 掛けられた声に足を止める。振り返らなかったのは、背中で泣き疲れて眠ってしまった、まだ小さな子どもを起こしたくなかったからだ。

 決して見つからないよう、夜中になるまで待ったのに、やはり気付かれていたんだなと舌打ちしたくなる。


『その子は置いて行きなさい。今日うちに来たばかりの子です』

『――イヤだ。今のフラン様のとこにはおいてけねえ』

『その子はまだ幼い。親が必要です』

『だったら俺が親になってやる』

『まだ子どものあなたがなにを――』

『もう子どもじゃねえ!』


 大声を出してしまい、すぐに背中の子どもが身じろぎした。慌てて身体を硬直させ、規則的な寝息が聞こえてくるまで、呼吸すら止める。その様子を、背後にいる彼がどういう表情で見ているのかなんて、考えたくもなかった。


『……。フラン様、俺たち、いつまでも子どもじゃねーよ。身体は小せえけど、なにも知らねーガキだったころなんてとっくに終わってんだ。みんな、アンタが()()()()ことに気付いてたよ。だから出てったんじゃねーの?……今の俺みたいに』

『……』

『わかったら、しばらくはセドリックだけ見てろ』


『にいちゃ…?』


 幼い子どもの声に思わず振り返った。フランの後ろから顔を覗かせたセドリックが、眠たそうに目を擦っている。最近ようやく『にいちゃん』と呼んでくれるようになり、自らも本当の弟のように可愛がっていた少年――。


 ぐっと歯を食い縛り、身を引き裂くような思いで顔を背け、前を向く。すべてのしがらみを振り切るように、無理やり足を踏み出した。一歩、また一歩と、確実に彼らから、教会から離れていく。途中でフランが誰かの名前を呼ぶ声がしたが、それはスヴェンの名でも、セドリックの名でも、背中で眠る少年――ライナルトの名でもなかった。

 ――これでいい。これを機に、向き合ってくれるといい。これでよかったのだ。これで。


(……――ごめんな、セドリック)


 背中に視線を送り続ける、あの幼い少年をひとり置き去りにしてしまうことだけが、ただひとつ心残りだった。




「アイリーンはどこだ。答えろ」

「……ガキはガキの世話焼いて成長するモンなのかね」

「セドリック、中にはいなかった。別の場所だ」


 いつの間にか店の奥に入っていたらしい。ハンスが戻ってきて、セドリックに呼びかけた。途端、背中に大きな衝撃を感じ、バランスを崩して前に倒れ込んだ。ぐっと呻き声が漏れる。起き上がろうとすると、また同じ場所に痛みが走った。どうやら足が乗っているらしい。


「それに、ライナルトもいないんだ。もしかしたらアイツが連れて――」

「っ、違う!! 勝手なことばっか言ってんじゃねーぞ、ガキども!俺たちがやった証拠でもあんのか!! 誰に言われたってんだ!!」

「あなたが土地を売った人だよ」


 ハンスの答えにハッと息をのんだ。動揺を別の意味で捉えたのか、セドリックは背中を踏みつける力を強くする。――それでも、子どもの体重だ。動こうと思えばいつでも動けることがわかった。スヴェンが今大人しくしているのは、暴れる必要がないからだ。むしろ暴れて彼らを刺激することで、その怒りが――ライナルトに向かったら。


「契約書だけ盗めばよかったのに。どうしてアイリーンを巻き込んだの」

「……っ!」


 そういうことか。


「なにも言わないんだね。……セドリック、このままライナルトが戻ってくるのを待った方がいいかもしれない。今度はぼくたちが、この人を人質にしてアイリーンの居場所をつき止めよう」

「わかった」

「なんつーガキどもだよ……」


 ハンスのことはよく知らないが、セドリックはとんでもないクソガキに成長したものだ、と痛感する。やはりあの時、一緒に教会を出るべきだったか。だが、彼まで連れて行っては、フランが孤独になってしまっただろうし、なにより自分と一緒にいてもライナルトのように口の悪いクソガキに育っただけだろう。

 彼は今、攫われた少女を助けようとしている騎士なのだ。立派に成長したものだ。と思うことにする。……スヴェンが本当に攫ったわけではないので、素直に喜びにくいが。


 さて、現実逃避はこれくらいにして。とスヴェンは頭を切り換える。もしライナルトが戻ってきたら、最悪だ。こんな場面を見てアイツが冷静でいられるとは思わない。頭に血を上らせたセドリックたちもそう。きっとライナルトがなにを言っても聞く耳を持たないだろう。


 一番良いのは、きっと今夜も()()のところに行ったのだろうライナルトが、その場で二人をボコボコにしたうえで、無傷の少女を連れて4人全員でここに戻ってきてくれることだが―――ないな。


 それならいっそ、女を監禁した場所に案内する、とでも嘘をついて、ここからセドリックたちを追い払った方がいいんじゃないか――


「スヴェン!!」「スヴェンさん!」


 長く思考の海に沈んでいたスヴェンを呼び起こすような、悲鳴のような甲高い声がほぼ同時に聞こえた。思わず息をのむ。セドリックたちも顔を上げ、店の外に続く扉をじっと見つめていた。やがてバタンッと勢いよく開いた、その扉の向こうで。


「スヴェン!!」

「セドリック!ハンス!」


 ライナルトと攫われた少女が、肩で息を切らしていた。





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