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23.今からでも遅くないから

 

「ここで大人しくしてろ」


 控えめに背中を押され、通された部屋は思ったより小綺麗な一室だった。広さとしては六畳一間といったところか。しかしもっと広く見える。床に直接敷かれている布団のようなものが二セット。その近くに乾パンや野菜などの食べ物が並べてあり、部屋の端には書物が数冊、乱雑に置かれているだけの簡素な部屋だ。

 ――小綺麗というより、モノがなくて殺風景なだけだと気付いた。


「マジでいいのか?ここで」

「ここ以外まともな部屋がねーんだよ」

「オレらはどこで寝るんだ?」

「その辺の床で寝ろ」

「冷てぇ……床だけに」

「死ね。」

「床で寝るくらいじゃ死なねー」

「フン。逆にこんな小せえガキが床で寝たら死んじまうかもしれねーだろ」

「……たしかに」


 いや、死なないけど。扱いに困るくらいならそもそも連れてこないでよ。

 しかし、どうやらここが彼らの生活空間らしい。え、ここ使ってもいいの?なんだか思ったより手厚い待遇を受けているようで困惑する。


 男二人組は逃亡に馬を用意していたらしく、猛スピードで駆けるそれに乗せられてしまっては抵抗もできなかった。かわりに、少し泣いたおかげで感情が発散できたわたしは、わりとすっきりとした頭の中で考えをまとめることができた。


(前世の記憶云々はまだしも、フランのことを言おうとしたのは絶対間違ってたわ)


 だって、彼はまだラスボスどころか、わたしたちの敵ですらないのに。世界を滅ぼそうとしたわけでもなく、わたしたちに酷いことをしたわけでもない。それに今後のわたしの頑張り次第で、敵対しなくて済む未来になるかもしれないのだ。フランのことを親として信頼している二人に、なんて酷い暴言を吐こうとしたのだろう、と反省した。あの時はやっぱり冷静じゃなかった。ひったくりが発生してなかったら今頃どうなっていたことか……


「あのタイミングでひったくってくれてありがとう、おじさん」

「はァ??」


 舌噛むから黙ってろ。そう言ってわたしを抱え直してくれたおじさんは実際にひったくったフードの男じゃなくて、わたしの首にナイフを突きつけた方の男だった。ようやく少し身の危険を思い出して、大人しく口をつぐんだ。


 辺りがすっかり暗くなり、夜の空気に変わったころ。馬を途中で乗り捨て、連れてこられた場所は町の外れにある一軒家だった。といってもまったく周りに家がないわけじゃないので、傍目から見てひったくり犯――今となっては誘拐犯になってしまったけど、そんな奴らが住んでるなんて思われないだろう。てっきり町を出て山小屋的な場所に軟禁されるんじゃないかと思っていたので拍子抜けした。ここから大通りまで歩いても三十分もしないと思う。馬は陽動だったのだ。


「ガキ、腹が減ったらここにあるモンを食え」

「おい、これ俺らの食料じゃん」

「お前は床のゴミでも食ってろ。もちろん俺は飯を食う」

「きったねー!……ゴミだけに」

「死ね。」

「ゴミ食ったくらいじゃ死なねー。つか、このガキも今夜くらい飯抜きでもいいんじゃ――」

「馬鹿が!こんなチビだぞ!? 一食でも飯抜いたら死んじまうかもしれねーだろ!!」

「………たしかに」


 いや、死ぬわけない。なんなら最近まで一日二食だった。というか――


「……おじさんたち。今からでも遅くないから、鞄を持ち主に返してわたしを解放した方がいいわよ……」

「ア?」


 今威嚇した男は、こげ茶の短髪と同じ色をした無精髭が特徴といえば特徴の、ここまでわたしを運び寝床や食事を用意してくれた男だ。相方に対する口は悪いけど、予定外の人質を取って助けてやる程度の情はあるようだ。

 一方、フードの人物はもうフードを外しており、はちみつ色の髪を無造作に伸ばした、若そうな男だった。しかし実行犯の割に頭が悪そう。今だってせっかく奪ってきた鞄を放置してわたしに……というか相方に構ってもらってばかりだ。


 こんなに怖くない誘拐犯たちがいるのか。


「だって悪いことするの、向いてなさそうなんだもの……」

「ンだとテメ!」

「ダン、俺も正直、なにも誘拐まですることなかったんじゃね?って思う」

「テメーはどっちの味方だ、ヤッカス! 誰が助けてやったと思ってんだ!」


 ダンと呼ばれた男はヤッカスという男を足蹴にし、わたしのことも睨み付けた。だからそうやって名前を呼び合う迂闊さとかが――いや、もういいか。


「人質をとってまで相棒を助けたかったの?」 

「ンなわけねーだろ!!俺たちはこの――っ」


 ダンは言いかけて思い出したように口を閉ざした。視線の先はあの強奪してきた鞄だ。ヤッカスが慌てて回収し、中身を確認している。その様子から、わたしはまさか、と目を見開いた。

 ……もしかして、ただのひったくりじゃないの? 単にお金が欲しくて、盗みやすそうな人から盗みやすそうな荷物を狙ったんだと思ってた。


「――初めから狙ってたのね、それ。なにか大事なものが入ってるの?」

「……可愛げのねえガキ」

「え?そんなことないだろ。俺はかわいい顔してると思うよ、ガキんちょ。将来すげー美人になりそうな」

「テメエは黙れ。……こんな場所に連れてこられてんだぞ。もっと泣いたり喚いたりするもんだろ、普通のガキは」

「あ!そ、そうか。……ご家族とか、心配してんだろーな」

「誘拐してきた俺たちが言える台詞じゃねーだろ、それ!」


「あのー、今は心配してくれる家族はいないから」


 だから安心して早くこちらの質問に答えてほしい。コントみたいなやり取りを繰り返すこの誘拐犯たちにちょっと、本当にちょっとだけ、情が移ってきてしまった。どこか憎めない彼らの罪をなんとか軽くしてあげたい、なんて。つまり自首がオススメなので、なにか事情があるなら話を聞いて説得の材料にしたいのだ。


「………そ……そうか………おまえ、そんな、小っせえのに苦労……く、う、うぅっ」

「オイ負けんな!……お、おい。あの、あれだ!近くにいたガキどもは!? お友達なんだろ!? すごーく心配してるだろーよ」

「え? えぇ、そうね……彼らはたぶんすごく心配してるでしょうね」

「だろ!? だったら、泣いたり悲しんだりしろよ!もう会えねーかもしれねーんだぞ?お前は人質なんだから!」

「なんであんたたちに人質指導されないといけないのよ」


 なぜか熱く説き伏せられるが、もともと泣くのは好きじゃないのでその申し出は却下だ。


「いいか?ガキ。もうちょっと危機感持て。俺らは今からお前で、身代金を要求することだってできるんだぞ」

「あんたたちも人選を間違えたわよね。わたしなんて誘拐しても1ジェニーにもならないわよ。さっき言ったとおり家族はいないし」

「やめろ!言うなそういうこと!金の問題じゃねーんだよ!」

「そうだ!心配してくれるヤツが一人でもいる限り、お前はソイツのとこに無事に帰る必要がある!」

「なんであんたたちに励まされてんのよ……」


 じゃあ帰してよ、と思ったが、いいかげん鞄の中身が気になる。これはもしかしてはぐらかされてるのかしら? だとしたらとんだ策士だ。悪事に向いてないと思ったことを撤回しなくては――


「―――おーい!ダン、ヤッカス!いるんだろー!?」


 と、思った瞬間。おそらく家の外から呼ばれたダンとヤッカスが顔色を変えた。子どもの声に聞こえたそれに、一瞬セドリックやハンスの姿が浮かんだけど、さすがに違うと考え直す。

 けど、誰? わたしがその疑問を口にするより早く、ヤッカスが玄関に向かった。


「なんで来てんだよ!帰れ!今日は来んなっつっただろ!?」

「誰が帰るかよ!今日って話だったじゃねーか!ちゃんと手に入ったんだろーな!」

「へへ、ったりめーよ!誰に向かって言っ――」

「よっしゃ、見せろ!」

「あっ、こら!!」


 ドタドタと近づいてくる足音と声に、ダンが片手で顔を覆った。諦めの境地が見て取れる。予感通り、数秒もしないうちにバタンッと部屋の扉が開かれ、来客が顔を出した。近所の子どもでも来たのかしら?なんて軽く考えていたわたしの予想は、このとき大きく外れることになる。


「ッ、え!?」

「!? ライナルト?」


 夕方に職場で別れたばかりの少年、ライナルト・ヴェッカーの姿がそこにあった。



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