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2.とにかくわたし大丈夫ですから

「ここがオレの家だよ」


 そう案内された場所はアイリーンもよく知るこの村の教会だった。「入るのは初めてじゃないよな」と笑ったセドリックにコクリと頷く。確かに『教会』には何度か足を運んだことがあるけど、『友達の家』として裏口から入るのは初めてだ。


「ちょっと待ってて、父さんを呼んでくるから」


 楽しげに走って行くセドリックは、アイリーンの現状を正しく理解してはいないのだろう。ただ「友達が遊びに来た」と思っているに違いない。


 あの後、どうにもできず途方にくれていると、しばらくしてセドリックが訪ねてきた。仲の良い友達とはいえ、今日約束していたわけでもないのに、こういうタイミングで会いに来るのはさすが主人公といったところか。


 セドリックに会ったことで多少落ち着きを取り戻したわたしは、とりあえず事情を説明してみた。しかし何度話しても「そっかー。おじさんどこ行ったんだろうな」とただ首を傾げるセドリックは、わたしのお父さんはちょっとどこかに出かけただけだと思っているらしい。


(誘われるままついてきちゃったけど、この後どうしよ)


 ゲーム通りなら、親に捨てられたわたしはこの教会にお世話になることになる。しかし、ゲームを知っているからこそ、わたしは躊躇していた。


「父さん早く!こっちこっち!」

「わかったから、そんなに引っ張らないで」


 戻ってきたセドリックに手を引かれ、姿を見せたのはこの教会の神父様だ。青の瞳と、銀色がかった癖のない髪が清潔な長さを保ち、端正に整った彼の顔立ちを神秘的に飾っている。セドリックも彼に似て銀髪だが、少し癖っ毛でやんちゃな印象を受けるのに、こちらは立派な「教会の神父」だった。穏やかな態度をいつも崩さない彼が息子を見つめる目は、表に見せる顔とはまた別の、父親としての温かさを宿していて。


(まさに良いお父さんって感じなのに…)


「いらっしゃい、アイリーン。よく来てくれましたね」


 ニコリ。その微笑みは何度も向けられたことがある。顔を合わせるのは初めてじゃなく、今さら緊張するような相手ではない。……なかったのに。つい今朝までは。


(なんっであなたがラスボスなのよーー!!!)


 内心で叫びながら「こんにちは」と言った頬は引きつっていた。こんなに親切で好意を示してくれる相手が実は敵でしたーなんて。いくら王道でも容赦なさすぎじゃない?このゲーム。たしか全年齢対象だったわよね?このままじゃ人間不信に向けて脇目も振らずまっしぐらなんですけど。


「父さん、アイリーンのおじさんが今朝からどこか行っちゃったみたいなんだ。だから帰ってくるまでここでいっしょに遊んでていい?」

「それはかまわないけど…。どこかへ行った…?それは本当ですか?アイリーン」

「え、えと、」

「いつ帰るかわからないんだって」


 もう帰らないのよ、と言ったわたしの言葉をそう解釈したらしい。セドリックが説明するのを、わたしは否定も肯定もしなかった。子どもが理解するのはやはり難しい。ゲーム中のアイリーンがそうだったように。しかし、セドリックの言葉にわずかに目を見張った神父様――というかラスボス様は、顎に手を当て少し考え込むそぶりを見せた。そんな一挙一動にビクッと身体が反応してしまう。なんせラスボスだから。


「……そう、でしたか。わかりました。……アイリーン、心配でしょうが、お父さんが帰ってくるまではここに」

「ちょっ、ちょっと待ってください」


 慌てて声を上げる。言葉を遮られたラスボス様は驚いたように目を瞬かせた。その目に不快な色を見つけるのが恐ろしくて、わたしは早口でまくしたてる。


「わたし夕方にはもどります。もしかしたらお父さん、夜には帰ってくるかもしれないし、夕食の準備をしなくちゃ」

「しかし、」

「そっ、それに!近々どこかに行かなきゃいけないけどすぐに戻るからと、以前に父が言ってましたので」


 もちろん嘘だけど。おかげでふわっとした言い訳になってしまった。セドリックだけは「そうだったのか!」と納得してくれたようだが。素直でたいへんよろしい。やっぱり子どもはそうでなくちゃ。一方ラスボス様は心配そうに目を細め、違和感のない表情でそっと息を吸い込むと、


「と、とにかくわたし大丈夫ですからー!」


 わたしは何か言われる前に声を裏返して叫んでいた。夕方まではお世話になるはずだったさっきの自分の発言も忘れ、教会を飛び出す。やっぱり無理だ。ラスボスと一緒に暮らすなんて。ムリムリ。ごめんなさい。


 家まで逃げ帰ると、わたしを純粋に心配して追いかけてきてくれたセドリックと一緒に、夕食を食べた。もちろん父は帰ってこなかった。セドリックはずっと心配してくれていたけど、ごはんを食べた後丁重にお帰りいただいて、わたしは死んだように眠りについた。

 長い長い一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。


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