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18.少しお話しましょう

 数時間後。


 いくらやる気満々で気を引き締めようと、お客は来ない。そしてわたしは暇だった。

 店を無人にするわけにはいかないんだろうけど、時間がもったいないと思ってしまう。セドリックとスヴェンはそれぞれ客の呼び込みに行ったはずなのに一向に誰ひとり連れてこないし、ハンスも今回は手入れに時間がかかっているらしくなかなか戻ってこない。

 わたしはあくびを噛み殺しながら、店内を一度ぐるりと見て回ることにした。


『カザミドリ』という日本的な名前から少し親しみを感じていたが、こうして店内を見るとやはり武器屋としての内装である。わたしが普段から見慣れているものは一つもなかった。

 どれも鞘に収まっているとはいえ、壁やら台やらに刃物がずらりと並んでいるのだ。この世界には銃刀法なんてないから、誰でも持ち放題、子どもでも振り回し放題である。――というと治安が悪いような印象を与えてしまうかもしれないが、町の外には魔物がいるという世界だ。自分の身は自分で守れるように法が整備されている、ということでもある。剣以外だと斧や杖が少しだけおいてあった。


 でも、とやはり疑問は消えない。むしろ見れば見るほど、値の張る物はおいていないとわかる。人を雇う余裕がある商売には見えない。


 世話になった人の息子がいたから……? 

 義理人情に厚いってこと? 

 本当にそれだけ?


「店がつぶれても責任もてないんだけど」

「神経の太ぇガキだな、おい」


 背後から舌打ち混じりの声がして、驚いて振り返る。わたしたちの雇い主――スヴェンが、いつの間にか入り口の扉に背中を預け、こちらを見ながら嫌そうに顔を歪めていた。


「店長、お客さんがこないわ」

「今日はそういう日っつーこった」

「なら少しお話しましょう」

「断る。」

「わたしたち、ホントにお金もらえるの?」

「ムリヤリ給金上げさせたヤツが何言ってやがる」


 眉間の皺がますます深くなっていく。しかし「断る」と言ったのに話は続けてくれるらしい。思ったより根は悪い人じゃなさそうだ、と判断し、もう少し踏み込んで探りを入れることにする。セドリックもハンスも純粋で、人を疑うことを知らない。彼らを預かっている保護者気分な身としては、危険にさらすわけにはいかなかった。無用に傷ついてほしくもない。



 もしスヴェンが本当に、ラスボスの仲間なら。


 わたしが今、この手で、



「――どうしてわたしたちを雇ってくれたんですか? わざわざお給金を上げてまで」

「……どうでもいいだろ」

「メリットがないもの。彼らにも言ったけど、たとえばわたしがカウンターに立つだけで、この店にあるものぜーんぶ子どものオモチャに見えちゃうくらいなのに。子どもが武器屋で働いてどんな役に立つの?」

「……」


「ねえ、何を考えてるの?」


 笑みを浮かべながらできるだけ子どもっぽく、無邪気な言い方を意識して問いかける。もし敵なら、頭が切れると思われるのは得策じゃない。警戒されるから。わたしはただ前世の記憶があって精神年齢が三十ってだけなのだ。頭の出来はあくまで中の中だ。


「セドリックのこと知ってるんでしょ?友達なの?」

「ちげえ」

「なーんだ。友達だから助けてあげたかったのかなっておもったのに」

「……ガキが気にすることじゃねえ」

「わたしも心配なんですってば。もしかしたらお店の経営を圧迫するんじゃないかとか」

「わかってんなら給金分働きやがれ、クソガキ」

「もう……。スヴェンさんっていくつなの?」

「……ア?」

「だってわたしのことガキって言うから。だったらスヴェンさんは何歳なのかなって思うじゃない。わたしは6歳よ。よろしくお願いします」

「チッ、……今年で18だ」

「はい!?」


 取り繕うことも忘れ思わず大声を出してしまった。慌てて口を押さえるが、スヴェンは射殺すような目で睨み付けてくるのでおそらく遅かったのだろう。でもまって、ジュウハチ!? 思ったより若い!!


「その歳でその眉間の皺なんて……苦労したのね」

「ぶっ殺すぞ」


 本気の感想なのにお気に召さなかったらしい。殺気を向けられてしまった。

 しかし、年齢がわかると―――少し、彼に対する見方が変わってくる。セドリックのことを知っていたのも、ハンス様の世話になったというあのセリフも。まさか。もしかして。もしかしたら。


「スヴェンさんは昔、………スヴェン・ハドマンだったの?」


 思わず口からついて出た、というわたしの言葉に、ピク、と眉が動いたのを見逃さなかった。返事はないが、それこそが返事になっているだろう。わたしたちに――とくにセドリックに対して妙に協力的だった理由は、そういうことだったのだ。思わず肩の力を抜いた。


 おそらく、今よりずっと幼いころのセドリックを、彼は知っていたのだ。もしかしたら今でもフランと交流があって、セドリックの話を聞いているのかもしれない。フランはよく仕事でミッドガフドを訪れていたから。


 ラスボスの知り合いというだけで、なにか裏があるのでは、と猛烈に疑ってしまったことを反省した。教会を出て「スヴェン・ヴェッカー」と名乗っている理由は気になる。『世話になった』と言いながら、ハドマンの姓を捨てた理由も。何か深い事情があるのかもしれない。

 しかし、先ほどのハンスの件もあって、フランに関係するだろう彼の過去にどこまで踏み込んでいいのかわからず、何も言えなかった。――いや、すでに踏み込みすぎたのかもしれない。だって彼は、自分からは何も話してない。わたしが勝手に言い当てただけだ。


 スヴェンもこれ以上話すつもりはないらしい。「もう店じまいするからセドリックを呼んでこい」と入り口を開け放つ。わたしは結局何も言えないまま、セドリックを捜しに行くことになった。



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