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17.わたしが守るから

 翌日から早速働き始めたわたしは、大きなため息をついていた。カウンターで頬杖をつき、店番をしながら。


 ――やってしまったわ……。


 ラスボスとなんらかの関係がある人物と容易に接触してしまうなんて。迂闊としか言いようがない。しかもお金に目がくらんで!!あんなチンピラヤクザみたいな人と!あ、言っちゃった。まあいいか、ほとんど事実だ。


 武器屋『カザミドリ』。ここがわたしたちの職場だ。この店のオーナーであるスヴェン・ヴェッカーと名乗った男は、フラン・ハドマンとの関係について「世話になった」としか話さなかった。わたしはどういう方面の世話になったのかを知りたかったのに。『あの時はずいぶん世話になったな』と銃口をつきつける的なアレなんじゃないかと今になってヒヤヒヤしているのだ。


「なにか考えごと?」


 何度目かのため息をついていると、裏口からハンスが戻ってきた。両手に持っていた剣を店内の元あった場所に返却し、また新しい剣を手に取る。彼は商品の手入れを任されていた。


「えっと、暇だなあって」

「あぁ。ここ、ほとんどお客さんは来ないんだって。たまに旅人さんや猟師さんが来るくらいで」

「…………ほんとに大丈夫なの?このお店」

「でも、そのたまに来る旅人さんや猟師さんが一度にいっぱい買ってくれるらしいよ」

「だとしても、わたしたちを雇うほどの余裕なんてないように見えるけど」

「この武器の量をひとりで仕入れたり手入れしたりするのはたいへんだと思うけど」

「……そ、それでもっ、一日105ジェニーも人件費に充てるなんておかしいわ!」

「あ、もしかしてお店の経営を心配してるの?」

「違うわよ!なにか裏があるんじゃないかって言ってるの!」


 フランの「知り合い」というだけでセドリックはすっかりスヴェンを信用している上、ハンスもこの調子だ。こうなったら誰かが――というかわたしが警戒しなければならない。裏切られて傷つくのは彼らなのだ。上手くいきすぎる事柄には必ず何か裏があるものだし。ご都合主義的展開が許されるのなんてゲームやマンガの世界だけなんだから。――あ、ここゲームの世界だったわ。だったらいいのかしら……?


「――いや、ダメよ。ラスボスの知り合いなんだから」

「? ラスボスって、たしかフラン様のこと? いちばん偉い人って意味だったよね」

「よ、よく覚えてるわね……」

「アイリーンしかそう呼んでるひと見たことないし」

「……でしょうね」

「じゃあスヴェンさんがフラン様の知り合いだとダメってこと? どうして?」

「――……」


 ちょっと。この子なに!? 賢すぎない!? 口を開けたまま何も言えないでいるわたしに、ハンスは不思議そうな顔で首を傾げていた。


 ――前々から思ってたけど、彼のことは本気で仲間に勧誘するべきじゃないだろうか。ゲームではアイリーンが担っていた、パーティの頭脳派として。今のわたしはこんなだし、ゲーム展開を知ってるから頭の良いフリはできても、本物の天才には勝てない。世界を救う勇者の仲間には、本当の意味で頭の良いキャラが必要だと思う。


 そのためには、


 ――ハンスは、フランと戦えるのかな。




「……ハンスは、フラン、様と、どういう出会いだったの?」

「え」


 突然のわたしの質問に、ハンスは戸惑ったように言葉を短く切った。それでも静かに言葉を促すと、彼は穏やかな表情のままゆっくりと話し始めてくれる。


「――お母さんが、病気で死んじゃったんだ」

「……」

「それで引き取られて――ごめん、ほんと言うとあんまり覚えてなくて。ぼく、いつかはお母さんが迎えにきてくれるって、最近までずっと思ってたから」


 さすがにもう気付いたけどね。そう言って笑うハンスをみて――

 わたしは、軽い気持ちで尋ねたことを死ぬほど後悔した。


「ハンス」

「えっと、フラン様はね、やさしかったと思うよ。怒られたこともないし。注意されたことはあるけど」

「ハンス、もういいわ」

「あ、そうそう。ぼくが入ったころはもうイリーネとルッツとリベルトがいて、」


「もうやめて。ごめんなさい」

「……どうして謝るの?」

「どうしてって……無理に言わせてしまったから」

「ぼく、べつにむりしてないよ」

「気付いてないの? あなた泣きそうな顔してるのに……いえ、わたしが無神経だったからよ。本当にごめんなさい」


 頭を下げた。わたしは、……馬鹿だ。フラン様と出会ったころ、なんて。

 親と別れて、離ればなれになって、つらくて悲しくて寂しいことが、絶対にあったころなのに。


 いくら賢くても、大人っぽくても、ハンスはまだ5歳の子どもだ。親に甘えたり、我儘を言って困らせたり、怒られたりするのがあたりまえの年頃なのに。

 彼にとってフランと出会ったことは、悲しい記憶は、まだ過去じゃない。簡単に聞いていいことじゃなかった。


「顔をあげて、アイリーン」


 頭の上に何かが乗る。髪に沿うように優しく動くそれは、誰かの小さな手。いつの間にかカウンターまで近づいていたハンスが、身を乗り出してわたしの頭を撫でていた。


「……」

「ぼくの方こそごめんね、そんな顔したつもりなかったのに」

「ッ、なに言ってるの!泣いていいのよ!わたしを、怒っていいのに」

「それはできないよ。怒ってないし」


 視線を合わせても、ハンスは申し訳なさそうに眉を下げているだけだ。顔を上げたから離れてしまった彼の手が、行き場を無くしたように宙に浮いている。わたしはそれを両手で包み込むようにして、自分の胸に引き寄せた。


「っ、」

「ハンス。お願いだから約束して。これからどんなことがあっても、泣きたいときは泣くこと。怒りたいときは怒ること。嫌なことはイヤって言うこと」

「あ、アイリーン……?」

「難しいなら……少なくとも、わたしがいるときだけはそうして」


 赤褐色の瞳をのぞき込むようにして、まっすぐ見据えた。わたしの勝手な願望だとわかっていたけど、願わずにはいられなかった。この心優しい子どもが、子どもらしく生きていける世界を。


「わたしが守るから」


 ずっと戸惑ったようにぱちぱちと瞬いていたハンスの目が、やがて大きく見開かれていく。本気の意思を伝えたくて、安心させるように力強く頷いた。勢いで、握った手にもぎゅっと力を込める。


 すると、


「……………ッツ!」


 一瞬にしてハンスの顔が耳まで真っ赤に染まった。ん?と思ったときにはすでに手を引き抜かれ、ハンスは一歩、また一歩と後退していく。両手で曖昧に顔を覆い、なにかを言おうとしているのか、口を開いたり閉じたりしながら。


「は、ハンス?」

「~~っ、あ、の、あのっ、ぼく、そうぼく!しごとあるから!!」


 壁に立てかけていたらしい剣を抱え、言い終えるよりも早いスピードで裏口から出て行ってしまった。ああ、確かに仕事の邪魔をしてしまったから申し訳なかった。ハンスは真面目だから、とても焦らせてしまったようだった。嫌なことはイヤと言ってほしいと伝えたばかりなのに……。わたしが一番イヤにさせてどうする。パンッ、と両手で頬を挟み、店の入り口を見据えた。


 わたしもお給金をいただく以上、半端な仕事はしたくない。気を引き締めて店番しないと。



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