16.手を打ちましょう
「おぉーっ!すごいなー!」
セドリックは忙しなく首を動かし、視線をキョロキョロさせながら声を張り上げた。その気持ちがわかるほど、わたしも口をポカンと開けた情けない顔で周囲を見渡していた。
正面の入り口を抜け、ミッドガフドに入ってすぐの大通りは、たくさんの人たちであふれかえっていた。荷台に載せて商品を運ぶ馭者、買い物にきた家族連れ、店頭で客寄せをする商人。この場では立ち止まっている人の方が、流れに沿って練り歩く人たちの邪魔になりそうだ。
そして人だけでなく、音の量も想像を遙かに超えていた。どの店も隣よりたくさんの客を呼び込もうと声を張り上げるため、大声が飛び交っているし、こんな場所でも世間話に興じようとする婦人たちのおしゃべりも負けじと響いている。石畳の上をガラガラと荷台が移動するというBGMつきで。
「す……すごい……想像以上だわ」
ゲームではもうちょっと控えめな規模に見えたが、やはり実際に目にしないとわからないものだなと思う。ミッドガフドでこれなら、王都はどれだけ人が多いのだろうか。今から気が遠くなってくる。
「ぼく、村の外ってはじめてだけど……人が多いんだね、すごく」
「あ!あれはなんだ!?」
セドリックが何かを見つけたのか、急に走り出した。フィーネではまずお目にかかれないような品物ばかりなので、はしゃいでしまうのは仕方ないだろう。ハンスでさえそわそわと落ち着きなく視線を泳がせている。
「行きましょ、ハンス。セドリックが迷子になっちゃう前に」
「! う、うん」
携帯電話やスマートフォンみたいな、通信機器がないのって不便だなと思う。ハンスの手を握り、セドリックの後を追いかけた。
「おにいさん!オレこの店で手伝いするからお金ちょうだい!」
一瞬、あんな小さな子どもが働きたいなんてこの国は貧しいのね……などと前世の常識を引っ張り出して憐れに思ってしまった。とんでもない現場にいた当事者は間違いなくわたしたちが追いかけた人物だ。
「ちょ、何してるの!」
セドリックがいたのは、大通りから少し離れ、脇道を入ってすぐの場所ある武器屋だった。てっきりおもちゃ売り場とか食べ物屋とかに走り出したのだと思っていたのに、と少し意外に思ったが、それ以上に予想外の出来事が目の前で起きたので驚くタイミングを逃した。
「……ア?」
まだ若そうな店主のお兄さんは、ギロリと音がつきそうなほど鋭く睨んでくる。そりゃそうよね、と思うので、間に入って適当に愛想笑いを浮かべ、セドリックを回収した。
「え?そういう話じゃなかったのか?」
「そうだけどそうじゃないの!武器屋は無理なの!」
「なんで?」
「子どもだからよ!いい?想像して。『剣はいかがですか~切れ味バツグンですよ~』なんてわたしたちがいくら売り込んでも、剣を買うような大人の人は買ってくれないの。なんでかわかる?」
「おもちゃの剣でも売ってるのかと思うよね……」
「ハンスの言うとおり。よって子どもに剣は売れません」
「えー…」
セドリックは不満そうに、店内にある一番大きな、もちろん大人用の剣を名残惜しそうに見上げた。いったいいくらするんだろう、と恐々としていると、後ろから「150ジェニー」と声がかかる。意外と安いな、と思ってしまったのは、やっぱりここが序盤の町だからだ。もちろん今のわたしにとっては大金だけど。
「おいガキ、オメーにはまだ早えーよ」
「買わないよ、まだお金ないし」
「ハハッ、金ができたら買ってくれンのか? そんときはケガしねーように傷薬もオマケにつけといてやるよ」
この店主、口も悪ければ態度も悪い。前世の丁寧すぎる従業員対応のお店しか知らないわたしにとって、彼の言い方はかなりムッとするものだった。だってこれ、嫌味だ。傷薬ってケガした後に使うやつじゃない。わたしなら思わず言い返してしまうかもしれない。
「うん、ありがとうおにいさん。ところでさ、このチキン買ってくれない?」
まあもちろんセドリックには通じないのだが。さすがすぎる。ゲームではもうちょっとマシになっていたと思うが、今だけはこのまま成長してもいいんじゃないかと思ってしまった。武器屋の店主は嫌そうに顔を歪めながら、セドリックに差し出されたチキンを受け取った。子どもでも商売の相手をするつもりはあるらしい。
「……5ジェニーだな」
「ええっ!? たったそれだけ!?」
「ピヨピヨの肉なんざ珍しくもなんともねーよ」
ふつう食材って売らないもんね。料理に使って体力回復する方が効率的だし。
でも、こうやって見るとすごいシュールだ。武器屋に食材を売る光景……。ゲームでは何処で何を売っても全然気にならないのに。
「行くわよ、セドリック」
いずれにせよここにとどまる意味はない。さっさと、という言葉を飲み込んで、ハンスと握った反対側の手を差し出す。セドリックは大人しくその手を取った――瞬間、武器屋が目を見開いた。なにがおかしいのよ。まだ子どもなんだから大目に見なさいよ。子どもが迷子になるのは落ち着きがないからだけじゃなくて身長が低くて視界を遮る障害が多いからで――
「っ、ちょっ、オイ待て。――お前、まさか、セドリック・ハドマン? フラン・ハドマンのガキか!?」
驚きに満ちた男の口からまさかの言葉が飛び出して、わたしたちは目を丸くした。知り合い?と目でセドリックに尋ねるが、彼はフルフルと首を横に振る。話しぶりから、ラスボスの知り合いなのかもしれない。というか絶対そうだ。そうとわかればますますわたしは警戒心を強めた。改めて男を観察する。
武器屋の男にしてはほっそりとした体つきだ。剣なんて持ったこともなさそうな。しかし、眉間に深く刻み込まれた皺に、目つきは鋭く、灰緑の髪を全体的に軽く後ろに流しているせいで、額にある古傷が隠れていない。男の風貌は、前世なら間違いなくヤのつく人だと確信していただろう。口も態度も悪いし。セドリックに向けられた嫌味を忘れていないわたしは、訝しむ様子を隠しもせず、その男を見上げた。男はクシャリと髪をかき上げる仕草をして、チッと舌を打つ。
「あー…チッ、クソ。……おいガキども、金がほしいんだろ? 話くらいなら聞いてやる」
「あっ、けっこうです。それじゃ行くわよ二人とも」
「えっ?」
「いいのか?」
ラスボスの知り合いなんて、関わらないに限る。繋いだ両手をぐいっと引いて後ずさりしながら店を出ようとして――
「一日100ジェニーだ。悪いがそれ以上は出せねえ」
ぴたり、と足を止めた。…………なんですって?聞き間違い?
「すごい……二日働いたらあの剣も買えるね」
「うん―――あ、でもオレには大きすぎるかな、やっぱり」
「両手で持てばいいんじゃない?」
「いっとくが三人で、だぞ。三人で!ウチにそこまで余裕はねーよ」
「なら端数は出さないでほしいわ。120ジェニーで手を打ちましょう」
「はぁ!?なんだって!?」
「あら、大して珍しくもないピヨピヨの肉たったの24個分で手を打つと言ってるのよ。しかも三人で。安いものでしょ?」
「……む、無理だ。105ジェニーにしてくれ」
仕方ないわね、と了承すると、男は疲れ切ったように項垂れた。賃上げに成功したわたしは気分がよかったが、なぜかセドリックとハンスがまるで恐ろしいものでも見るような目を向けてきたのは心外だった。