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14.負けないよ

 *****


 なつかしい夢をみた。もうおぼろげな、昔の記憶だ。


『ここがあなたの新しい家ですよ、ハンス』


 ぼくの手を引いて案内した大人は、見たことのない男の人だった。何も言えないでいるぼくに、言葉を促すようなことはしないで、その人は『新しい家』の中をあちこち連れ回した。いろいろ説明してくれたんだと思う。正直なにも聞いてなかったけど。この時のぼくは、お母さんはどこに行ったんだろうとそればかりで、とても寂しかった。病気とか死とか、そういうものをちゃんと理解していなかったから。二度と会えないなんて思いもしなかったので、早く帰りたいとすら思っていた。


 もちろん、いつまでまっても帰れなかった。それどころか、ぼくと同じくらいか、もっと小さな子どもがたくさんいる部屋に連れて行かれ、男の人は自分のことを「フラン・ハドマン」だと言った。なぜかこの日からぼくの名前は、「ハンス・ハドマン」というニセモノに変わったのだ。


 自分の境遇がわかるようになってきたのは、子どもたちの中に『本物』がいると気付いたあたりだ。


 ひとりだけ年が上で、男の人を「父さん」と呼んで、なぜかぼくたちの面倒をみようとする。まるで、男の人の真似をするみたいに。


(ああ、そうか)


 そして気付く。彼は――セドリックは『本物』なのだ。


 自分がニセモノだとは知っていた。でも、みんながニセモノなら、それでもよかった。大好きだったお母さんにはもう会えない。でもそれはぼくだけじゃない。みんなが同じだから。これは仕方のないことだ。


 なのに、セドリックだけは違った。


 彼には『お父さん』がいる。ぼくたちがみんな「フランさま」と呼びかける横で、彼だけは別の呼び方をしている。ぼくたちだって咎められたわけじゃないけど、でも誰もそう呼ぼうとしなかったのは、みんな自分のお父さんやお母さんが別にいることを知っているからだ。


(……セドリックだけずるい)


 みんなは、ぼくは、お母さんに会えないのに。もう呼べないのに。なんでセドリックだけが。

 胸の内に黒い靄がかかったような感覚は、ずっと消えることはなかった。セドリックと目を合わせるだけでイヤな気持ちになって、そんなことを思ってしまう自分がもっともっと嫌になった。セドリックは何もしていない。何も悪くないのに。頭ではわかっているのに。


(――ぼくがこんなわるい子だから、おかあさんはしんじゃったのかな)


『それは違いますよ、ハンス』




 ハッと目を覚ます。周りはとても静かで、誰かのひっそりとした寝息だけが聞こえてきた。暗くてよく見えないので、きっとまだ朝じゃない。

 いつの間にか止めていた息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。――夢とはいえ、当時を思い出すと苦い気持ちになる。


(――フラン様はすごいなぁ)


 あの後、ぼくの様子がおかしいとあっさり気付いたフラン様に、嫉妬の話を教えてもらった。それ自体は嬉しい言葉だったけど、思い出したくもない記憶まで夢に見てしまったことは、きっと昨日の夜、セドリックとあんな話をしたからだ。隣をみて、まだ眠っているセドリックを恨めしげに見る。ちょっとした八つ当たりだけど、もう昔のような負い目や引け目は感じなかった。


(――そういえばアイリーンも、セドリックに嫉妬したって言ってた)


 羨ましかった、とも言っていた。あのときは「なんで?」という思いが勝ったのと、その後に言われた言葉の方が難しくて詳しくわからなかったけど、今思えば、アイリーンも突然親がいなくなったのだ。セドリックのことを羨ましく思うこともあったのだろう。


(……もしかしてぼくたち、もっと前は似たもの同士だったのかな)


 親をなくして、親のいるセドリックに嫉妬する、似たもの同士。

 それは……と想像して、想像できたことに驚いて、同時にひどく、危ういと思えた。うまく言えないけど、ぐらぐらと揺れる橋の上をゆっくり散歩しているような。いつかバランスを保てなくなって、二人とも倒れてしまうだろう。――ふと、嫌な想像が脳裏を過ぎる。


 ……もし倒れてしまったら。ぼくは、アイリーンは、どうなるんだろう。どっちに倒れるんだろう。ぼくたちはセドリックのことを、どう思うようになってしまうのだろう。好きになるんだろうか。嫌いになってしまうのか。


(アイリーンはともかく、ぼくはもしかしたら――……)


 ここまで考えて、今はまったく関係のない話だと気付き頭を振った。多少ずるいと思うことはあっても、それ以上に負けたくないと思っているのだ。孤児だろうと親がいようと関係ない。そう言ってくれたアイリーンの言うとおり、ぼくはもうセドリックの後を追いかけるだけの子どもでいたくなかったし、いるつもりもなかった。


「……剣ではかなわないけど、魔術が使えるのはぼくだけだ」


 これで大切なものを守る。セドリックとは違う方法で。開いた手のひらは小さくて、早く大人になりたいと何十回でも思う。拳を握り、天井に向かって突き上げた。


「負けないよ、セドリック」


 ――セドリックには、負けたくない。同じものを大切に思っているからこそ、負けたくないのだ。





ひと区切りです。

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