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13.思ってるよ

 

 ******


「あれ?ヒルデは?」

「アイリーンから離れないんだよ」


 もうこのまま寝るって。と苦笑いしながら教えてくれるハンスの顔には、少し疲れが見えた。アイリーンの部屋を出て、そろそろ寝ようかと話しながら二人で帰ってきたあと、ヒルデがなかなか戻ってこないことに気付いたのはハンスだ。数分前、「そろそろ呼んでくる」と言って彼女の元に向かったのに、今まさに一人で帰ってきたところをみると、いろいろあったのだろう。


「なつかれたな」

「みたいだね……でも、ヒルデだけじゃないような」


 ハンスの言いたいことはよくわかった。オレも、最近子どもたちが楽しそうだな、とは思っていた。修行中に父さんから聞いた話だと、アイリーンが何度もオレたちに会いに来て、子どもたちと遊んでくれていたらしい。おそらくそれが、子どもたちが彼女になついている理由なのだろう。けどその話を初めて聞いたとき、オレはあまり現実感がなく、しかも毎日疲れて帰ってきて死んだように眠ってしまうので、今日まで詳しく話を聞くこともできていなかった。だから今日、アイリーンのおみまいに来た子どもたちを見て驚いてしまったのだ。まさかあんなに仲良くなってるなんて、と。驚きすぎて、喜ぶのを忘れるくらいに。


「みんないつのまにかアイリーンと仲良くなって遊んでるの、なんかずるいよね」


 ハンスは拗ねたように唇を尖らせる。その言葉で、オレは初めて理解した。ああ、そうだったのか。これは、


 これ、『ずるい』って気持ちだ。ハンスは本当に物知りだなあ。


「あ……ごめんね。セドリックはそんなこと思わないよね」


 オレが感心して何も言えないでいたのを、何か勘違いしたのか、ハンスはそう言い直した。申し訳なさそうに、どこか気まずそうに。そんな彼を前に、オレはゆっくりと首を横に振る。


「いや……思ってるよ。オレがいちばん最初に友達になったのに……」


『ずるい』。確かにそう思った。だからそう伝えると、ハンスはなぜか目を丸くしてそのまま固まってしまった。居心地が悪くなってきたオレが先に目をそらしてしまう。


「セ……セドリックもそんなふうに思うの?」

「……変かな?」

「変………じゃないけど」


 ちょっと意外で。そう答えた後もハンスは呆然としていた。その『意外』はもしかして、『ちょっと』どころじゃなかったんだろうか。


 まあ、確かに、初めての感情だ。と思う。みんなが仲良くなるのがいちばん良いと頭の中ではわかっているのに、胸の中はもやもやとして、まるで心と体が別人になったような、そんな違和感があった。こんな気持ちになったのは、たぶん初めてだ。


 思ったことを口にするのが、少し怖い。


 どうしてオレは、『ずるい』なんて思ったんだろう。


(――だって、オレがいちばん、アイリーンの『仲良し』になりたいのに。……ほかのみんなは二番でいいのに)


 心に浮かんだ理由に、オレは今度こそ言葉を無くした。信じられない気持ちでいっぱいになる。



 これは、この気持ちは。―――『ずるい』じゃない。


 もっと悪いもので、―――もっと、醜いものだ。



 この感情はダメだ。捨てなくちゃ。捨てるのが無理なら、蓋をしないと。二度と出てこないように。二度と思わないように。


 みんなと仲良くなってほしい(ほしくない)

 みんなと仲良くなってくれたら嬉しい(困る)



(ちがう!ちがうッ!ちがうちがうちがうちがう!!)


 そんなこと思ってない。思ってない!思っちゃダメなのに!


 消えろ!




「……セドリックも嫉妬するんだ。ふふっ、ぼくだけじゃなかったんだね」


 荒れた夜の海みたいだった頭の中に、いきなり明るい光が届いた。


「……え?」


 いつの間にか俯いていた顔を上げると、ハンスが笑っている。嬉しそうに、楽しそうに。


「『しっと』ってなんだ……?」

「えーと、簡単にいうと、うらやましいって思うこと」

「……」

「何かをとても大切にしてたり、誰かをとても大事に思ってるときに、生まれる気持ちなんだって。みんな持ってるから恥ずかしいことじゃないし悪いことじゃないよって……昔、フラン様が教えてくれた」


 そう言って口元だけで笑みをつくり、静かに目を伏せた。ハンスはときどきすごく大人みたいな顔をする。それはオレの知らないところで、父さんにいろいろ教わっていたからなんだろうか。


「……ハンスも、しっと、したことあるのか?」

「うん。っていうか今もしてるよ。主にセドリックに」

「っ、オレ!?」

「だってセドリックはずるいもん」


 言葉とは裏腹に、ハンスはとても楽しそうだった。オレが理由を聞こうとするのに、彼は逃げるように背を向けて「もう寝よっか」とベッドに潜り込んでしまう。そのあとなんどオレが呼びかけても、「おやすみー」としか返してくれないので、オレもしぶしぶ横になった。さきほどハンスに言われた言葉を、なんどもなんども思い出しながら。


「……――恥ずかしいことじゃないし悪いことじゃない、か」


 なら、――いいのかな。


 思っててもいいのかな。


 本当はイヤだけど。思いたくないけど。ダメだって思えば思うほど、これは消えてくれない気がする。


 だったら、消さなくていいか。


 そう思ったら気が楽になった。悪いものじゃないなら、急いで捨てる必要はないのかもしれない。この感情をこれからどうしたらいいのかはまだよくわからないけど、とりあえず、なぜかハンスはオレに『しっと』してるらしいので、一度聞いてみようと思う。


 そういえば、ハンスの言うとおりなら、オレは何を大切にしてるんだろう。誰を大事に思ってるんだろう。


「………父さんかな?」


 考えていたら瞼が重くなってきて、いつのまにか眠ってしまった。



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