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12.わたしは6歳です

「気がつきましたか」


 薄く目を開けると、青い目を細め心配そうにわたしを見下ろすラスボスの姿が目に飛び込んできた。悪夢だろうか。


「起きられますか?」

「……現実?」

「? ええ、みんな心配していますよ」


 決まり悪い心地でゆっくりと上体を起こすと、水を差し出される。喉がカラカラなのを思い出し、警戒もなくそれを受け取ってしまった。冷たすぎない水分が喉を潤していく。


「見たところ怪我はないようですが、どこか痛むところはありますか?」

「え、いえ……」


 ようやく自分の置かれている状況がわかってきて、慌てて身体をチェックした。痛むところはないが、いつの間にか着替えが済まされている。まあドロドロのベトベトだっただろうけど、誰に着替えさせられたのかはこの際考えないでおく。わたしは6歳わたしは6歳わたしは6歳わたしは


「子どもたちから話は聞いています。……無事でよかった」

「え? はい、わたしは6歳です」

「………本当に大丈夫ですよね? 子どもたちを守ってくれたことにはお礼を言いたいのですが、もしあなたに何かあったら」

「大丈夫ですから!」


 また身体を調べられそうになり、全力で身を引いた。きっと眠っている間に隅から隅まで診られただろうに………あああああああああわたしは6歳!


「そっ、それよりみんなは、ヒルデは? セドリックとハンスは無事なんですよね?」

「ええ、子どもたちは傷一つありませんよ。セドリックとハンスは、いつものように筋肉痛ですが」

「き、筋肉痛っ? いつものように?」

「……おや、聞いていませんでしたか。これは、悪いことをしたかもしれない」


 くすくすと楽しそうに笑うラスボス様にめちゃくちゃビビりながらも、わたしは首を傾げた。聞いてないもなにも、最近は会えてすらいなかったのだ。ひとりで食べる夕食の乾パンのなんと侘しいことか。


「最近は毎日子どもたちと遊んでくれていたそうですね。二人ともうらやましがっていました」

「あ、遊びに来てたわけでは……っ、ただ、セドリックとハンスはどうしてるのかなって、ちょっと気になって……」

「長い間、彼らをお借りしてしまってすみません。今日で一応は一通り終えましたので、明日からお返ししますね」

「か……っ」


 返すって。二人は別にわたしにものじゃないでしょう。と言いたかったけどよりによって彼に言えるわけもなく、それになにを言っても墓穴を掘るような気がして、口をつぐむほかなかった。


「では、子どもたちに知らせてきます。みんなとても心配していましたから」

「あ……」

「安静に。くれぐれも出歩かないように」


 まともな会話もできないままあっという間にラスボス様は出て行ってしまった。強ばっていた肩の力を抜くため、大きく息を吐く。すぐに誰か来るかもしれないが、今のうちに情報を整理――


「「アイリーン!!」」


 ……できなかった。

 いくらなんでも早すぎじゃない?扉のすぐ外で待ってたレベル――いや、もしかして待っててくれたのか。


 心配をかけたのか。


「セドリック、ハンス」

「よかったー!」


 言い終える前にセドリックが飛びついてきた。ぐぇっと可愛くない声をあげて、ベッドに逆戻りする。すぐに離れてくれたけど、起き上がる前に今度はハンスに控えめに飛びつかれた。耳元で「よかった」と囁かれ、胸の奥がぎゅっと痛む。……こういうの、なんて言うんだっけ。


「……久しぶりハンス。セドリックも。心配かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」


 素直に口から出た言葉は、まぎれもない本心だった。

 名残惜しそうに離れていったハンスは、気のせいでなく瞳を潤ませていた。セドリックは嬉しそうにニカッと笑う。わたしもにっこりと微笑みを返した。


「ずいぶん強くなったのね」

「が、がんばったよ!」

「ああ、オレも!」


 そう、とてもがんばったのだろう。最後に会ってからたしかに一ヶ月くらいはたつけど、二人してあんなに別人みたいに強くなってるなんて思わなかった。わたしは、置いて行かれてばかりだ。そう、置いて――


「………ふふふふ、ほーんと。二人して、勝手に」


 ――思い出したら、自然と声が低くなった。わたしの様子がおかしいことに気付いたのか、二人とも戸惑ったように動きを止める。


 心配をかけたのは謝った。助けてもらったことに感謝もした。


 つまり、それとこれとは話が別だ!


「ッ、わたしをのけ者にして、勝手に鍛えてくるなんて!ひどいじゃない二人ともッ!」

「ええっ!?」

「毎日家にいないし!どこにいるのかも教えてくれないし!」

「あー……ごめん」

「わたしをひとりにしないでよッ!」


 言ってしまってから、彼らの顔を見て、後悔した。ハッと目を見開いている二人の視線から隠れるように、毛布を頭まで被る。


「ごめんな」

「ごめんね」


 すぐに謝ってくれた二人は、神妙な顔をしているだろうことが声だけでわかった。顔から火が出そうなほど熱い。ああああと叫びたい気持ちでいっぱいになる。


 なんであんなこと言ったのわたし!「寂しかった」って言ってるようなもんよ恥ずかしい!子どもか!あ、今は子どもだった。ならいいのかな……。いや、でもキャラじゃないわ。こんなめんどくさい女みたいな!


「あ、あ、あの――」

「オレはアイリーンをひとりにしない。これからもずっと一緒にいるよ。約束する」


 どうやって誤魔化そうかと考えているうちに、セドリックに退路を断たれた。思ったより熱い宣言をされて困惑する。わたし、そんな悲痛そうな声だったのかしら……。


 ん?あれ?でもなんか、それ、どこかで聞いたようなセリフじゃない……? 

 いや、まさかね……ゲームが始まるのはまだまだ先――


『わたしのことをひとりにしないって。ずっと一緒にいるって、あのとき約束してくれたよね。すごくうれしかった。だからわたし、あなたが――』


 あ、


 それ、ゲームでアイリーンがセドリックに好意を抱くようになったきっかけの言葉じゃないの? おかげでセドリックはアイリーンに好かれたり執着されたり嫉妬されたり羨まれたり…と歪んだ欲を向けられてしまうという……。確かゲームでは、ラスボスに引き取られたその日のうちにセドリックから言われたって設定だった。けど、引き取られなくても結局はゲームと同じ展開になるのね。


 というか罪悪感が半端ないわ。これ、わたしのお父さんのことを気に病んで、慰めたくて言ってくれてるんでしょ? まだ小さな子にこんな重いセリフを言わせるなんて……。


「ぼ、ぼくもっ、できればずっと、アイリーンと一緒にいたい」


 ああ、ハンス、あなたまで犠牲者に立候補しなくていいのよ……っていうか、ゲームのアイリーンはなんでハンスには執着しなかったのかしら?顔が好みじゃなかったとか?(失礼)

 かわいい顔してると思うんだけどなー。将来美人になりそうな。


 まあ、今のわたしは誰にも執着する気なんかないので安心してほしい。


「あ、あのね。言っとくけど。わたし別に寂しかったわけじゃないのよ。ただ仲間に入れてほしかったっていうか」


 毛布からそっと目だけ出し、肝心なことを訴えておく。そもそもわたしは、わたしをパーティから外して勝手にレベル上げされたことに腹が立っているのだ。どうせ経験値入るならアイリーンも仲間に入れてあげてよ!というゲームのプレイヤーあるあるだった。


「わかってるよ」

「うん。もう絶対においていかないよ」


 これ絶対わかってないでしょ。なんか視線が生温いし。まったく釈然としないわ!


「…………あ。そういえば二人とも、筋肉痛なんですって?」

「えっ」


 どちらの声かわからなかったが、わたしは今度こそ起き上がり、それを指摘した。二人揃ってギクって顔をしたので、ラスボス様の言ったことはおそらく正しい情報なのだ。


「その年で筋肉痛なんて……まったく仕方ないわね。マッサージしてあげる」

「い、いいよ!」

「『良い』と言ったのね?」

「いらない!」

「まあそう遠慮しないで」


 教会の一室というラスボスの本拠地ではあったが、久々に穏やかな時間を過ごす。

 しばらくして部屋に駆け込んできたヒルデが、アイリーンに抱きつき、同じベッドに潜り込んで、共に眠りに落ちるその時まで。



 ***



「そのときね、アイリンおねえちゃんが、ヒルデのいたいのなおしてくれたの!」


 椅子に座り右足をプラプラさせながら、ヒルデは得意げに話す。歓声をあげる子どもたちの横で、思案げに目を細める大人がひとりいた。


「……ヒルデ。その時のお話、もっと詳しく教えてくれるかな?」

「うんっ、フランさま!アイリンおねえちゃんはすごいんだよ!」


 まるで自分の功績のように話し始める彼女に、時折相づちをうったり、質問を被せたりした。すべて聞き終えると、まるで今思い出したという顔で、子どもたちを見渡す。


「……ああ、そうだ。アイリーンが目を覚ましたよ。ヒルデもお礼を言ってきなさい」

「ほんと!?」


 ばたばたと駆けていく彼女に続くように、子どもたちも我先にと、彼女の元へむかった。


 疑惑は、彼の中でひとつの確信へと変わっていた。



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