1.せっかく生まれ変わったのにヒロインじゃないなんて
初投稿です。よろしくお願いします。
「うそでしょう……?」
その朝。ガランとした人気のない家にひとり佇みながら、わたしは呆然としていた。たった一人の肉親である父の姿が家中どこにも見あたらないことも打ちひしがれる要因となっていたが、この絶望感はそれだけじゃない。
わたし――アイリーン・フォースターは、この展開を知っている。ずっと昔、というか生まれる前から。
アイリーンは悲しい生い立ちの少女だった。母はおらず、父ひとり子ひとりで生きてきて、ようやく物心もついた折、その最愛の父すらも姿を消してしまった。
捨てられたのだと理解するにはアイリーンはまだ幼く、憐れに思った教会の神父に引き取られることになる。教会は孤児院も兼ねており、アイリーン以外にも大勢の子どもたちが生活していた。そのなかで、アイリーンの友人――セドリック・ハドマンという少年の存在は、傷つき孤独を抱える彼女の唯一心の支えであった。
そしてセドリックこそ、前世で人気を博したRPGゲーム、『エターナル・フェイト』通称エタフェの世界における主人公なのだ。
そんな夢物語のようなストーリーを思い出し、わたしは混乱する。生まれてからまだ6年。だというのに唐突に過去二十数年の記憶が蘇ってきたのだ。地球という星の日本という国で生まれ育った記憶が鮮明すぎて、この異世界に呆然とするしかない。ただ今絶賛混乱中だ。一体何が起きたのかさっぱりわからない。
いやわかるけど。これゲームの世界じゃん。だってわたしアイリーンだよ。あの虫も殺せないような笑顔で敵をなぎ倒し味方にも容赦なく毒を吐く、腹黒系美少女キャラのアイリーンだよ。今後逞しく成長するだろう主人公の仲間その一だよ。画面の中の彼女は生き生きしてたけど実際に生きてはいなかった。だってゲームだもん。でも私生きてる。うそでしょ。
「……せっかく生まれ変わったのにヒロインじゃないなんて」
動揺しすぎてただの事実を冷静に呟きながら、くるりと方向転換した。お父さんを探してる場合じゃない。いや、お父さんのことは大好きだけど、ゲームのとおりならもうこの村にはいないだろう。だから今は確かめなければならない。何が現実で、何が夢なのか。
部屋に戻ったわたしは紙とペンを取り出すと、前世のゲーム『エタフェ』の記憶を手繰り寄せる。とりあえず基本的なこと。ゲームが始まるのは今からたぶん10年後くらいだ。17歳になった主人公セドリックは村で平和に暮らしていたが、ある日、彼の元を女の子が訪ねてくる。これが正真正銘このゲームのヒロイン――ネタバレするとこの国の皇女だ。彼女は救いを求めた。しかしセドリックが皇女から詳しい話を聞く前に、村が何者かに襲われるのだ。セドリックは壊滅状態となった村を復興するため、また皇女を助けるために、冒険の旅に出ることになる。そこで多くの仲間たちと心を通わせながら困難を乗り越え、成長していくセドリックは、皇女と共に世界を救う。まさに王道ストーリーなのである。
(アイリーンはその仲間だったわね)
室内にある姿見の前に立つと、ゲームより幼い姿ではあるものの、やはりそこにアイリーン・フォースターがいた。顔立ちは非常に愛らしいの一言だ。形の良い輪郭とまるく桃色をした頬、小さい鼻と口。一方でくりんとした大きな目と、それを縁取る長い睫は整った人形のように綺麗な弧を描いている。ゆるやかなウェーブがかった金に近いブラウンの髪は肩まで無造作に垂らしてあるが、ふわふわした可愛らしい印象を与える。加えて瞳の色は蒼。もう完璧。誰もが守ってあげたくなるような女の子を絵で描いたような存在だった。成長するとこの顔の下に女性が羨む女性らしい体がくっついてくるのだから、ゲームの設定通り、アイリーンは見た目だけは完璧な美少女だ。性格がちょっとアレなのはきっと補正だったのだ。
そこでハッと顔を上げる。もしかしてこれは、とんでもない世界なのではないか。
この世界がもしエタフェのゲーム通りに進んでいくなら、決して目をそらせない現実がある。
「わたし、世界を救わなきゃいけないの!?」
まだ先のことではあるけど、世界は向こう10年で危機に陥るのだった。主人公であるセドリックが救うまで。そして、旅を共にするセドリックの仲間もまた、それぞれに役割があり、旅の先々で彼を助け、導く必要がある。アイリーンも例外ではない。
「じょ、冗談じゃないわ。10年たってもまだ16歳よ? 高校生、っていうか子どもじゃない!この国の政府は何やってるの!?」
いきなり『世界を救え』なんて言われてもピンとこない。前世でいうと、スポーツ経験ゼロのド素人なのに『オリンピックで優勝しろ』と言われるくらい無茶ぶりすぎると思った。
ゲーム中の主人公たちはどうやってレベル上げをしたのだ。わずか一年足らずでレベル1の見習い勇者からレベル60を超える伝説の勇者になったセドリックたちに、やはり彼らは選ばれし勇者たちだったのだと思い知らされた。
前世でなんの取り柄もない社会人をしていた独身女とは違い、はるか遠い存在なのである。