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地に足をつけて

作者: 和泉ユウキ

それはある日、突然起こった。


学校から帰る途中、いつもより何となく足が軽く、なんとなく、そうただなんとなく、いつもより速く走れるような気がしたのだ。

だから、次の曲がり角まで、ちょっと走って行ってみようと、足に力を入れてみた、それだけのことだった。

走るために地面を蹴ったはいいが、次の足が地面についた感覚がない。いつもより少しだけ目線も高い。

そのまま地面に足がつかないまま、五メートルほど駆けていた。


優秀な水泳選手はスタートで飛び込んでから、20メートル近くを潜水で泳ぐというが、それを走り出しの一歩でやったような感覚。


そう、あの瞬間というには長い時間を、僕は浮いていた。


もう一度やってみると、同じように五メートルほどを一歩で進む。

視線の上下から、ゆっくりと僕の体は放物線を描いているようだった。


いつもの感覚で足を下ろそうとすると、その高さに地面がなく、つんのめるような格好になってしまう。

この一歩の感覚に慣れない、というよりも、普通に走ろうとしているのにスキップしているかのような感覚なのだ。体がついていかない。


(ん?それなら、クラウチングスタートのように姿勢を低くして走ってみたらどうだろう。よくファンタジーモノのすごい戦士は上半身を低い姿勢で保ったまま、足を速く回転させることで走ってたよな?)

と考え、先ほどよりも低い姿勢をとって、地面を蹴る。

先ほどよりも若干速いスピードで進む。しかも、一歩の距離が長い。十メートルは進んでいないと思うが。しかし、全速力で走った時の速さとは大して変わらないのではないだろうか。さっきの速く走れそうな感覚は嘘だったらしい。

今度は両足で着地するのが難しい。ほとんど地面と平行に飛ぶような形になっているため、着地のタイミングがつかみにくいのだ。


曲がり角についてしまったため、走ることはできなかったが、だいぶ楽できた気分だった。

しばらく考えながら歩く。これが一体どういうものなのか。体能力が上がったわけではなさそうだ。

手に持つカバンの重さの感じ方は変わらないし、いつも通りズシリとした重さを感じる。人目に付く大通り沿いを歩いている以上、簡単に試すこともできないが。

さっきのゆっくりとした上下の感覚……、もしかしたら、とある一つの仮説が思い浮かぶ。


家に近づくと、住宅街ではあるが、夕方のこの時間はあまり人気がない。塀がある家も多く、さっきの感覚が残っているうちにいろいろと試してみても問題なさそうだった。

そこで、その場で先ほどの仮説を検証してみることにする。


まず、その場で軽くジャンプする。

普通ならば10センチほどしか跳んでいないだろう全然力の入っていないジャンプ。

それが、自分の身長よりも高い塀の目線を超える所まで跳んだ。

落ちる時もやはり何となくゆっくりだ。これで仮説に対する確信が少し強まった。


一度着地すると、今度は全力でジャンプしてみる。

すると、やはりというか、電柱の高さほどにまで跳べてしまう。

地面に落ちるスピードもゆっくりで、5秒ほどはかかっただろうか。

着地した衝撃もほとんど感じず、電柱ほどの高さまで跳んだというのに足を痛めることはなかった。

この高さまで跳ぶと、なかなか地面に足が触れないのが不安になる。

いつ着地できるのか、自分でもわからない。早く降りたいと考えたり、念じたりしても、急激に早くなるようなことはしない。落下の加速の仕方はいたって緩やかだ。

高く飛びすぎると、いつ自分でも着地できるのかわからない不安がある。

とはいえ、これで仮説は確信にかわった。


これは重力の影響が小さくなっているのだと思う。

まさに月にいる時の動きに近いのだろう。その感覚を僕は今、身を以て体感しているというわけだ。


実際にどれくらいの影響の小ささになっているのかはまだわからないが、ちゃんと時間が経てば降りてこられることから、ゼロにはなっていない。さっきの垂直跳びの高さや時間を測れば重力加速度がわかるからどれくらいの影響が出ているのかわかるのだが、自分でコントロールできるものではないから、誰かに話したり、見せたりしていいものではないだろう。


およそこの変な感覚がどういうものかわかったところで、いくつか疑問が浮かぶ。

また家に向かって歩きながら考える。

まず第一に、なぜこんな感覚が芽生え、重力の影響が小さくなったのか。

カバンの重さの感じ方が変わっていないことを考えると、僕の行動にしか影響を与えないらしい。

普通に歩いているのは両足がともに地面から離れることはないからだろうが、こんな急にこんなことができるようになる原因に心当たりが全くない。考えてもしょうがないのかもしれない。

次に、これが一体何なのか、ということである。

超能力や、魔法、みたいなものとするには不便すぎる。もしかしたら訓練とかしたら重力の影響の大小を自分でコントロールできるようになるのだろうか、とも考えてはみるが、コントロールの方法なんてあったとして教えてくれる人に心当たりなんてなかった。両親がそんな関係とか、そんな話聞いたこともなければ、家には怪しい地下室や書斎だってないのだ。子供の頃、家のありとあらゆるところに潜り込んでいた僕は家の構造をかなり深いところまで把握しているからだ、まず間違いないだろう。

しかし、それとなく聞いてみるのはありかもしれないと思い直し、家への歩を速めた。決して走らないように。


夕食時、たまたまテレビでやっていた動物の声を聴くなんちゃらをつけて、父親に、

「こういうのって本当に超能力みたいなもんなの?」

と聞くと中二病にでもなったのか、とバカにされた。そんなものはただの思い込みだと、一笑に付された。

そこまで否定することもないのでは、と思いつつも、知っている様子ではなかった。


二階にある寝室に向かう時に、少し試したいことが思い浮かんだ。

階段というのは、二階の床部分を作る都合上、どうしても天井が低くなる部分がある。

一足で五段ほどのぼれる程度跳ぶと、ちょうどその高さまで跳べそうだったので、跳んでみる。

案の定、天井に体をぶつける。すると、その高さで一度止まりゆっくりと落ち始めた。

そこで天井をつかんで、二階方向へ体を押し出す。するとその高さのまま、最初に走った時のように水平方向に進むことができた。

宇宙ステーションの中の移動とかはこんな感じになるのだろうか、と考えながら、一回も階段に足を触れることなく、二階にたどりつく。うまく止まれなかったので、階段の端をつかんで止めることにはなったのだが。


この移動方法は便利だ。建物の中なら、天井という高さの制限があるから、不安になる高さまで行くことがないし、早くおりたいと思えば、天井を使って地面に戻ればいい。幸いにも、平衡感覚は狂わない様子で、どちらが上か、ということはしっかりと認識できている。重力がゼロになっていない以上、当然と言えば当然だ。



翌朝は、ただでさえ数人しか学校に来ていない時間に行く僕が、それよりも早い時間に学校に向かった。

家でやった移動方法を学校で試したいと思ったのだ。朝の清涼な空気が冷たく頬をなでる。

この誰も人気のない時間に校舎をすり抜けていく風が気持ちよくて好きだった。


上履きに履き替えると、まず跳びあがり、下駄箱の上端をつかんで足が頭の高さまで落ちてくるのを待つ。

それから水平移動をする。完全な水平移動をするコツは若干上向きの力を混ぜることだ。それで重力で落ちていく高さと上昇していく高さをそろえることで、完全な水平移動になる。

まだその角度は慣れないが、何となくわかってきた。校舎の柱に手をついて、進行方向を変える。まずは教室に向かうことにする。隣の校舎にある教室は廊下を渡っていけばいい。

隣の校舎につながる廊下の柱をつかんで支点にして体を回転させ、廊下を進む。天井すれすれの高さを維持できるように、柱のたびに、少しだけ上向きの力を加えながら進む。

力を加える方向を間違えて、何度か頭を天井にぶつけた。


何とか教室の前まで一度も足をつかずにたどりつく。扉を開け、扉の上部をつかみ、振り子の原理で中に入る。上に放り投げられた体をうまく動かし、天井に手をついて足を自分の席の方へ向けると、体を押し出す。うまく自分の席に着地することができた。これで下駄箱から自分の席まで全く手をつかずについたことになる。

いい練習になったと思うと同時に、相当な達成感があった。慣れないことをやって、神経を使ったものの、思いのほか楽しい。

学校が宇宙ステーションになって、その中を思い通りに動けるのは今は自分だけ、という優越感も湧き上がる。


まだ他の生徒が来るまでに時間があるため、カバンを席に置いて、教室を出る。廊下を出ると、また跳んで天井を支点に移動する。今度は階段まできた。

二階には職員室があるため、教師に見つかる可能性があるが、二階に上っていくことにした。

さすがに天井を支点に移動してるのを見つかると説明が面倒なため、また天井を使って体を押し出し、手すりに摑まる。足が地面につかないように手するのある壁に足もかける。あまりよくないことだとはわかってはいるけども。

踊り場の手すりを支点にするために狙いを定めると、その方向に一気に体を押し出す。

踊り場の手すりをつかむとまだ足はそのまま進もうとするため、その勢いに任せて体も回転させ、足が踊り場を超えた壁についたときに手を放す。今度は壁を蹴り、二階を目指す。最後の階段は顎をぶつけないか心配なくらい低いところを通ってしまったが、何とか、二階に着地できた。

だいぶ使い方が慣れてきた気がする。どれくらいの力で押し出せば、どれくらい移動できる、とかがなんとなくわかってきた。

もう少しやってみようかと思ったところで、窓の外から、生徒の話し声が聞こえてきたため、おとなしくやめることにした。



それから何日か、毎日のように早く学校に行っては、地面に足をつかずに校内を移動する、というのをやった。

建物の中の移動はとても楽しい。しかし、やはり外では天井がなく、降りようと思う時に降りれないのがもどかしい。


一度、夜にランニングといって、外出し、限界を試してみた。

例えば、最初に走るのを試した時、スピードが変わらないということだったが、まだ水平に移動している段階で、さらに地面を蹴ると加速した。ある程度の速さになると、顔が痛くなるのでやめたが、普通に走るよりも相当速く走ることができた。

垂直跳びも一緒で、ある程度の高さから、さらに壁を蹴ると全力でジャンプした時よりも高く飛べた。

高いところに跳んでから壁を蹴れば、水平にも移動できた。しかし、これはいつ着地できるかわからず、やはり不安になる。

公園に行き、階段を一足で降りてみる。これも若干下向きに蹴らないといけないため、最初に蹴るときに頭が下になるのが怖い。


こうやって何度か試してみると、できること、できないことがわかってくる。

やはり、移動はとても楽である。走る時には一歩がすごく長く普通に走ってる速さで、のんびりと体を動かせるのは本当に楽だ。ただ、普通に歩こうとしても若干浮く感覚があり、重心を上下させないように歩かないと、いつかばれるんじゃないかと不安になる。

楽といっても、体の疲労が少ないというだけで、建物内での移動に使うと二次元的な移動から三次元的な移動になるため、移動距離はどうしても伸びる。

別に高く跳んでも目が良くなるわけではないから、街を俯瞰して探し物ができるわけでもない。

人目につかないところに隠れるには便利だった。高い木に登ったりすれば、まず誰かに見つかることはない。降りるのも楽にできる。

これからは多分、そういう独りきりになって何かを考えたいときに使うことしかないのだろう。

何がきっかけでこんな超能力とも何ともわからない感覚が身についたのかわからないため、ずっと使えるという保証もない。

普通に生活する上では必要ではないものだ。だからこそ、いつかこの感覚がなくなるまで、なくなったとしても、ちゃんと、地に足をつけて生きていこうと、そう思った。


※ジャンル的には超能力ですが、作品内では超能力とはしていません。



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