後編:人形少女
さて、夜になります。雨も上がって、綺麗さっぱり。というわけにもいかないようです。最後まで、どうかお付き合いくださいませ。
「玲奈〜、二十五番のカウンターの注文受けてきてー!」
「は、はいっ!今行きます!」
――霊府のアイドルも楽じゃない。
そんな言葉をココロの格言集に収めながら、彼女、爪紅玲奈はカフェチェーン店でバイトをこなしていた。
(いくらファッションにお金がかかるとはいえ……やはりこの時間帯のバイトは疲れるわね)
時刻は二十時ちょうど。
昼頃に空を覆っていた雲もなくなり、辺りは急速に月と星が彩る夜空へと姿を急速に変えていた。
この時間帯は、飲食店にとっては稼ぎ時だ。
仕事を終えたサラリーマンやOL、テスト勉強と思しき学生の一団が、続々とやってくる。
そんな中で、注文伺い、配膳、調理、レジ……と活躍するのは流石の彼女とて疲れるのだ。
しかも、彼女は既に学校の授業と放課後の受験対策課外授業を受けているから、余計に疲労が溜まっている。
疲労が溜まっていたからだ…と言い訳はしたくないが、やはり疲労が溜まっていたのだろう。
注文を受け、厨房へ伝えにいこうとした時、向こう側から歩いてきた誰かとぶつかってしまった。
「っあっ…す、すみません!!お怪我はありませんか?!」
「大丈夫です…こちらも、すこし考え事をしていたもので……、不注意でした。」
そうやって応対したのは、霊府高校の制服を着ていた男子生徒だった。ここのカフェに、よく来る人の一人だった。確か……ヒヅキとか呼ばれていたような……?
そうして、彼は行こうとしていた席に戻っていった。
私も、注文を伝えに厨房へと向かう。
そんなこともあったが、そのあとは気を引き締めて、彼女はバイト業務をこなしていく。
時折、あの男子生徒を見かける。
一人席に腰掛け、ドリンクバーのジュースを飲みながら、しきりに誰かと携帯で話している。
何を話しているかは、聞き取れない。
そうして二時間ほど経った頃だろうか。
「お会計お願いします」
「はいっ……あっ!先程はすみませんでした」
お会計を頼まれ、レジへ向かうと、そこにはさっきの男子生徒がいた。
「ドリンクバーとエビドリアですね……お会計が685円になります」
「カードで」
「はい、わかりました、では、こちらにかざしてください」
「はい」
「レシートがこちらになります」
「どうも。ありがとうございます」
レシートを受け取った彼は店を出ようとして、ふと立ち止まり、そしてこちらを見てこう一言、言った。
「……爪紅玲奈先輩ですよね。
……あなたは、まるで人形のようだ」
「えっ…………?」
そんな言葉を残して、今度こそ店を立ち去る男子生徒。
カランカランという店の鈴の音が、彼女にはどこか無情に聞こえた。
***
【ここに通る、みんな、じゃないかな】
【あなたは、まるで人形のようだ】
***
バイトが終わり、電飾で煌びやかに輝く夜道を歩く彼女の頭のなかで、ずっと友人と、先ほどの男子生徒、二人の言葉がリピートされる。
――わけがわからなかった。
その言葉に、確かに私のココロは衝撃を受けた。動揺した。
でも、何故なのかわからない。
そうやってぐるぐる考えながら歩く彼女。
その足取りが、普段よりも早くなっていることに、彼女は気付かない。
――気がつくと、朝、立ち寄った洋服屋の目の前にまで来ていた。
既に店は閉まっていたが、ショーウィンドウに飾られた人形は、ライトアップされ輝いている。
そこで、彼女はココロに感じた違和感、衝撃、動揺の訳を理解する。
「わた…し…は?誰の為に、こんな風に着飾ってるの?私は、あのマネキン人形と、同じなの?みんなの為に着飾って……みんなの願う姿になろうとして……」
――最初は、自分の為だった。
もう一人で教室の隅で過ごす生活をしたくなかった。じめっとした自分を変えてみたかった。そんな動機だった、筈だ。
―でも、いつからだろう?
美容室で髪を切った日から?
高校に入学して沢山の人に話しかけられた日から?
友達に一緒に昼食に行こうと誘われた日から?
休日に初めて誰かと一緒に遊びに行った日から?
SNSの通知が止まらないほど会話を楽しんだ日から?
霊府のアイドルと呼ばれ始めた頃から?
――いつしか、彼女の中で「みんな」に認められることが、手段から、目的に変わっていた。
一度得た居場所を、手放さない為にという理屈を掲げて。
彼女は、居場所を手に入れている。
しかし、それは本当に、「爪紅玲奈」のほんとうの姿が、受け入れられていることと同じなのだろうか?
そもそも、爪紅玲奈のほんとうの姿とは、何なのだろうか?
――気付けば、彼女は見失っていた。
だから、ふと嗚咽のような、か細い声が、口から溢れ出す。
「ほんとのわたしは……どこ?」
――縋るような彼女の問いに、ショーウィンドウのマネキン人形は、答えてくれない。
【次回予告】
と言いたいところですが、これにてこの物語は完結します。ここまで一気に読んでくれた方、試しに1話だけ読んでみた方、ありがとうございます。
またどこかでお会いしましょう。
では、また。
……次は「記憶」の物語でも書こうかな(通算3度目くらいの台詞)