たぶん持ち手に近い角〜姉
正直嫌な予感がした。
『事故みたいなものにあったから、報告を兼ねてトップ会談を、国家機密レベルでお願いします』
とのメールが妹から来た。『トップ会談』は二人きりで、『国家機密レベル』は母にも娘にも言わないでね、の意味である。面倒くさかったのと、『事故みたいなもの』の意味を探るべく、直接電話してみた。
「その事故は結構人生に後遺症を残すの?」
「うんにゃぁ……多分それほどでも」
場所を決めるときに妹が言った言葉が引っかかった。
「私今職場がK駅だから、帰りにお姉ちゃんとこ通るから駅前まで出てきてよ」
「きれいなかっこしていかないとだめ?」
「いや、いつもどおりで」妹は笑っていた。
K駅という言葉がどうしても気になった。元彼がK駅に住んでいる。嫌な胸騒ぎがする。まさかそんなことはないとは思う。二人が偶然であって、恋におちるなんてことは。
妹とはたいてい趣味が異なった。私は家の中でごろごろしているのが大好きだけれど、妹はアクティブなほうだ。オトコの趣味も、
「お姉ちゃんはほんとオトコ見る目ない」とあきれられていた。妹は明るくて回りからも信頼が厚く、美人で、だから確固たる信念を持っているところがあった。
いつだろう。何年か、口を聞いてなかったことがある。確か、私が高校に入ってから、娘を身ごもる間の三年くらいか。前半半分は私も忙しく家にいつかなかったから、話もしていないことなど気づきもしなかった。娘が生まれてからは、妹はいい叔母馬鹿でよく可愛がってくれる。世間からみれば片親の不憫であろう娘も、妹やまわりの人のおかげで愛に満ちた人生を今のところ送ることができている。ただ、母との確執は難点だ。
母との確執は、妹に限ったことではない。私たち三姉弟は多かれ少なかれ腹に思うことがある。両親の離婚で母に引き取られ、母は母なりにやってくれたのだろうが、やっぱりいろいろ引っかかることはある。例えばお弁当を作ってくれなかったこと。中学生の頃から自分たちでお弁当を作らなくてはいけなかった。今考えれば、せめて弟が高校生のときには私がお弁当を作ってあげるべきだった。そうすれば弟は高校を中退なんてしなかっただろう。たった一つでよかった。何かしら手をかけてもらっていると実感させられることがあれば。私たちはいつも、自分が本当に存在していていいのかとびくびくしながら過ごしてきた。
私は娘を得て、それが少しは和らいだ。三人姉弟が別に暮らすことになったとき、空気の読めない母と一緒に住むことになった。母が離婚して出戻ったときは、私たちは祖母の面倒になった。母はまるで祖母がやったように、ほとんど家にいて娘の面倒を見てくれた。だが、決定的に違ったのは、祖母にはお金を稼いできてくれる祖父という旦那様がいて、母にはその存在がないことだ。私は若くして娘だけでなく、まだおばあちゃんと呼ぶにはうら若いがニートと呼ぶには年がいっている母を養うことになった。文句はいってはいけない。高校からはバイトしてお金も稼いで家にいれていたけれど、それまでの十年間は全面的に育ててもらった。娘の面倒も、それなりに見てもらっている。何よりも、妹や弟に押し付けるなんてことはできない。
妹は私や弟よりも母に対する憎しみが深かった。顔を合わせれば喧嘩をする。私から見れば二人はよく似ているところがたくさんあるのだけれど、それが特に気に入らないらしく、すぐに言い合いをはじめる。争いごとは苦手なので、妹にはうちに来ることを極力遠慮してもらっている。
だから『国家機密レベルのトップ会談』自体には嫌な予感を感じなかった。それどころか
「もしかしたら、やっとお嫁にもらってもらえるのかも」と、ちょっとうきうきした。だが、K駅ときいたとたんに嫌な予感にはや代わりした。
なんだろう。なぜかこういう予感だけは当たることが多い。私は元彼にメールしてみた。返事はなかった。時間が遅かったのか。
はやる胸騒ぎを抑えて一晩眠ってみると、
「そんなことはまずないだろう」という気持ちに切り替わっていた。K駅といったって広い。仕事関係では妹と元彼の接点がない。知り合う可能性なんて、歴史に残る万馬券を的中させるくらいの確率くらいしかないはずだ。彼から返事がなかったのも納得できる。もともと一人でいられるタイプの人間ではない。私と別れるか別れないかくらいのころから、次のカノジョを物色していただろう。新しいカノジョができていても不思議ではない。そんなことには腹もたたない。
だから、私は妹とコーヒーショップのテーブルを挟んで向かい合ったとき、全くの無防備だった。ちょっとお財布の中が寂しかったから、
「ご飯おごれ」って言われたらどうしようと思っていたけれど、それもなさそうだったから、ほっとして完全に防御の体制を忘れていた。
「……って人知ってるよね? 私今付き合っているんだ」
と彼の名前が妹の口から出たとき、完全に固まってしまった。
『まさか』と『やっぱりな』が胃のあたりからこみ上げてきていた。もう飽きてしまったおもちゃを、いざ譲るときになってとても惜しいもののような気持ちになったけれど、お姉ちゃんだから我慢しなくてはいけないと自らに言い聞かせていたころの自分がプレイバックして、妹の横に見えた気がした。思考能力は止まっているのか動いているのか定かではなく、さんざん重ねて聞かされてきた彼の嘘や、多分本気だったのだろうけれど突っぱねてしまった将来の告白やそういえばメールの返事を返してこなかったのは責任逃れが得意な彼らしいなんてことを脈略もなく思い浮かべて、彼に腹を立てていた。
と同時に妹を心配した。彼は楽しく付き合うには申し分ない人だとは思うけれど、やっぱりだらしないところがあるし、妹の性格からいってそこがいつか、しかも近い将来に許せなくなるだろうと思ったが、それは私がいうべきことではない。もしかしたら、妹となら彼も上手くやれるかもしれないし、その可能性がトトで六億円を二度も当てるくらいに薄いものだとしてもゼロでない限り否定するわけにはいかない。でもみすみす不幸になりそうな道を勧めるわけにもいかない。私はただ困惑し、コーヒーカップの取っ手がちょっと汚れていることばかりに意識が向かってしまった。
そんな状態だったので、妹と別れてからの帰り道もぼぉっとしていた。このままぼんやりしてかえると国家機密がばれてしまうので、公園で、ついさっきまで飲んでいたコーヒーをまた飲んでいた。
私は妹になんといったのだろう。うまく話ができたのだろうか。すぐ顔にでるたちの妹が、帰りは笑顔だったから、そう悪いことはいっていないだろう。妹のためになることがうまくいえていればいいのだけれど。
公園の脇の道を仕事帰りのOLらしき人が歩いていく。疲れているのか、怖い顔をして数歩前の地面をにらみつけている。
「あのこも普段はあんなふうに家に帰るのかな」
誰もいない家に向かう妹を思い、少し寂しくなった。弟だけじゃなく、妹にもきっともっと何かしてあげられることはあったはずだ。大人になった今となっては、してあげられることなんて少ない。第一私よりも妹のほうがずっとしっかりしているのだから。一時でも妹の孤独を埋めることが彼にできるならば、それでいいのではないか。そう考えると、思いのほかすっきりしている自分に気がついた。
あんまり遅くなってもいろんなことをかんぐられる。私は勢いよく立ち上がり、半分残った缶コーヒーを一気飲みして、ゴミ箱に捨てた。
「あ、そうだ」
携帯電話を取り出し、躊躇することなく彼のアドレスと番号を消した。そして母と娘の待つ家へと歩き始める。
夜空の高いところでは、明るい月の前を薄い雲がすごいスピードで通り過ぎていた。
兄妹って、いいものですよね、たぶん。時々うっとうしいけど。




