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たぶん閉じていない角〜男

「それ、お姉ちゃんだと思うんですけど」

 飲み屋でたまたま一緒になり、ナンパしたのかされたのか、意気投合した彼女が、ベッドの中で恐ろしいことを言った。つきあっている人はいるのかいないのかという話題だった。

「俺ちょっと前にふられたんだよね」と元彼女のことを話した。住んでいるところ、仕事、勝気な性格、見た目とか。そうしたらそんな答えが返って来た。

「まじで」と名前を確かめたところ、まじだった。

 そういわれれば、顔、似ている。身体も似ていなくもない。違うところもあるけれど、特記はやめておきたい。俺はいろんな意味でぞっとした。

 元彼女は非常に厳しい人だった。時間、約束、仕事……どれをとっても完璧なまでにしっかりしていて、俺はどれも守れずにいつも怒られていた。その上、頭がよく彼女の話す内容の半分も、俺は理解できなかった。

 たぶん、忙しい人だったのにもかかわらず、俺の休みには必ず時間をあけてくれた。

「私、友達なんていないもん」と笑っていた。表面上の付き合いをよしとしない人だった。俺は表面上の付き合いをかなり重視するほうだったので、心の中では友達とは思っていなくても、仕事や今後なにかしらのつながりがありそうな付き合いは彼女との付き合いよりも重視した。だが、彼女の潔い生き方対してなにかしら後ろめたさを感じていたのか、急にそんな付き合いが入って彼女との約束を守れなくなっても、本当の理由はいえなかった。

 結局のところ、愛想を尽かされた。よくよく考えてみれば当然だろう。約束はすっぽかす、酔って何度も同じ話はする、酔っ払って仕事に穴を開ける。しっかりした彼女には耐えられないことだろう。最後のころに聞かれた。

「私はあなたの兄弟の名前も、ご両親の名前も覚えているけど、あなた私の兄弟の名前覚えてる?」

 全く記憶になかった。それどころか、何人兄弟かも覚えていなかった。

 今までも何度か、こんなふうに連絡をとらなくなることもあったから、俺は食い下がった。でも今回は本気だったのだろう。メールは返ってくるものの、食事の誘いは断られた。そして振られたんだなぁとじわじわと来ているところで妹に出会ってしまった。

 好みのタイプだと一目で思ったのも今となっては頷ける。意気投合するのも姉のときと同じだ。さっぱりとした性格も、進んできたデートの道もほとんどかわりはない。ということは落ち着く先もおなじか……ぞっとする。

 それとは間逆のぞっとした感覚もあった。姉と妹。こんなシチュエーション、男としては願ってもないことだ。なんともいえない快感に襲われる。俺は姉にはしなかったくらい妹にはまめに連絡を取った。

 二人が決定的に違ったのは、妹には友達がいることだった。普通の社会人らしく、それなりのお付き合いもある。重要な用事という点からいえば、姉のほうがいろいろ抱えていたであろうに、妹のほうが忙しい。そんなに俺に付き合ってはくれないのだ。それがさらに男心をくすぐる。

 付き合い始めてから一ヶ月くらいたったある日、妹は天井を見つめながら言った。

「お姉ちゃんに報告しないとな……」

「え……別にいいんじゃないの?」

「いや、そうもいかないよ。あのひと、私のお母さんみたいなものだから」

 なんかそんなことを聴いた気もする。

「私は結局一家のお母さんになっちゃってんのよ」

 同じように天井を見つめながらいっていた姉の姿がぼんやりと思い出される。

 こういうとき、

「俺が報告するよ」というのがもっとも男らしい対処であろう。だが俺には言えなかった。なにせ、姉とは結婚したいと思っていたし、それを本人にも言っていた。もちろんろくな稼ぎもなく、だめなところをさんざん見せられた姉は「うん」とは言わなかった。

「私がいうわ」

 妹はそういった。

「あの人、たぶん、いろいろ難しいと思うから……うん、私が言ったほうがきっとしっくりくる」

「……それでいいの?」

「うん、いい。というか、そうさせて」

 俺はちょっと苦い顔をしてみせた。内心ほっとしていたが、ちょっと苦い思いもあった。結局俺はこの姉妹に全面的に依存している。

 明後日会う、というメールを妹から受けた翌朝、メールが入っていることに気がついた。それは姉からで、

『まさか、妹に出会ったなんてことないよね?』と書いてあった。女の勘は怖い。久々のメールがそれだなんて。

 俺は一日中迷った。本当のことを言ってしまおうか。でも、どう切り出せばいい? 妹とはうまくやる、と思っているけれど、実際どうなるかはわからない。だって彼女ともうまくやれると思っていたのだ。彼女は俺のだめなところを知り尽くしている。なのにどんな顔で報告すればいいのか。妹と出会ったのだって、彼女に食事の誘いを断られたほんの二日後だ。運命的な出会いではあると思うけれど、決して誠実さをあらわすものではない。嘘をつけば、ばれたときにさらに悪い。

 悶々としたまま時間が過ぎた。俺は彼女にはメールをしなかった。

 妹からメールが入る。

『万事OK』

 その文字をみた瞬間、なにかが吹き飛んだ。

 俺は彼女と付き合っている間、どんな話をしてきたんだろう。彼女は妹のことをどんなふうに言っていたっけ。お酒控えなさいだとか、連絡はきちんとしなさいだとか、口うるさかったけれど、優しかった。なんだかんだ言って大切にしてくれていたからうるさかった。傷ついても、いや傷つけてしまっても、泣くことはほとんどなかった。我慢強い人だ。この二日間、彼女はどんな気持ちで過ごしたんだろう。『万事OK』っていうのはどんな感じなんだろう。どんなふうに彼女はOKをだしたんだろう。

 外は春の嵐が吹き荒れていた。窓を揺らす風が鼓膜まで圧迫しているようだ。耳の奥に鈍い痛みを感じる。俺は妹から来たメールの画面を見つめながら、彼女に送るメールの内容を考えていた。

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