「真昼の影」
「あいつらって?」
「あの、――飛行団」
穏やかに微笑んでいたショアの顔から表情が失せた。
「ああ、あの連中か」
吐き捨てた声には、明らかな侮蔑があった。
「東の島にはいないみたいだけど、何で?」
「いや、寝る前にここらで騒いでたなって思い出して。さすがにもう、いないか。一ケ月だもんな」
カナンは口早にごまかし、ふと足元に目をやった。影が短い。
空を仰ぐと、背にあったはずの太陽が頭上にある。
「ああ、『昼』に入ったんだ」
「ついさっきね。朝と昼の境界って分かりにくいもんね。空の色は変わらないし」
ショアはいつも通り柔らかい声で返してきた。さきほどの尖った声が嘘のようだ。
飛行団は、島内にある様々な団の中で唯一、参加者以外ほぼ全ての島民から冷ややかな目を向けられる存在だ。「口にするのもイヤだ」という反応は、決して珍しいものではない。だが。
『飛ぶ!』
確かに聞こえた。そんなことを言うのは飛行団しかいない。だけどあの声は……。
「でも、分からないよ」
その妙に明るい声に、自分の目が空を彷徨っていたことに気づき、カナンは慌てて声の主を見た。ショアが、悪戯を企む子供のような顔をしてこちらを見ている。
「誰もルカが消えるとことを見たわけじゃないしさ。あれじゃない? 誰にも気づかれないところで一人こもって、自分の人生について考えてみるって、誰でも一度はやるじゃん。カナンはまだだっけ? 僕はもう終わったって、言わなくても分かってるか」
「……」
軽やかな声が、さらりと「あのとき」に触れる。
五年前、「姿が見えない」とみんなが心配する中、ようやく西の島に姿を現したショアは、浜辺にしゃがみこみ、波が寄せても、引いても、まったく表情を変えずに虚ろな目を虚空に彷徨わせていた。
どうにか海から引きあげたものの、ショアは浜辺から動かなかった。
飲まず、食わず、語らず、死んだように手足を地に投げだしていた。どんなに空の星が美しく瞬いても、月光が優しい光を投げても、彼の目は夜の水平線に向けられたままだった。目を離したら居なくなってしまうんじゃないか――抜け殻のようなショアの姿は、退屈すら覚える平穏の時しか知らなかった、カナンを含めた仲間たちを震撼させた。
何の反応がなくても話しかけたし、あまりの無反応にうっとおしがられてるのかなと迷い、そうこうしているうちにショアを囲んでいた仲間が一人減り、二人減り、やがてカナンだけになった。
仲間は去り際、『一人にしてやったらどうか』と必ず声をかけてきた。中にはカナンを一緒に連れて行こうとやっきになる者もいた。
彼らは半ば強引にカナンを浜辺の先にある木立に連れていくと、
『いいかげんほっといてやれよ。ウザがられてるの分からねえ? お前はショアの気持ちより、自分が大事なんだろ。「仲間を絶対見捨てない」っていう自分を守ることがさ。所詮は自己満足だろ』
『だってあんな、明らかに様子がおかしいのに、ほっておけない! もし何かあったら』
『そのときはそのときだろ』
温度のない声がそう言ったとき、つかみかかりそうになった。必死に自分を抑え、そうして改めて気づかされた。
ここは楽園だ。
だけどここにいるのは、神でも天使でもないんだ、と。
『なんとでも言え』
カナンはそう言って踵を返した。『この偽善者が!』という声には振り返らなかった。
何も感じなかったわけじゃない。『自己満足』『偽善者』の言葉は何度も自問自答していたものだったから、少しずつ、でも確実に胸を抉った。
やっぱり俺が間違ってるのかもしれない……思いながら戻ると、浜辺にショアの姿がなかった。
慌てて探した。そうしたら海に入っていく彼の後ろ姿が見えた。驚いて、後を追った。足がもつれて何度も転んだ。偽善も、自己満足もなく、ただ捕まえなければと必死だった。
やっと追いついて、腕をつかんだら、信じられないくらいの強さで振り解かれた。もういい、もう全部放棄したい、だから消えたいんだと泣き、わめき、暴れ出すショアを、自身も泣きわめきながら必死に止めた。
――必死過ぎて、その後のことをよく覚えていない。