「失踪」
表情を消したショアは、しばし逡巡する様子を見せたけれど、やがて意を決したように、口を開いた。
「……。ルカ、居なくなったんだ。カナンが眠りに行ってすぐ、姿が見えなくなった」
「居なくなったって……どういうことだよ」
『カナン、話があるんだけど』にわかに蘇る声。
ショアがふっと目を投げた先は洞窟の入り口だ。差し込む光で、深い琥珀が透き通って見えた。
「最初はさ、ルカも眠りに行ったのかと思ってた。実際、母親には『カナンの家に行って、一緒に休みに行く』って家を出たそうだし。二人いつもツルんでるし、誰も変に思わなかった。でも半月も戻らないってルカの母さんが半狂乱になって」
そう、あの『ありえない不幸な事故』以来、ルカはみなに公言し、誰もがそれを認めていた。半月以上は、決して家を空けないと。
そんな束縛、この自由の楽園ではありえないのに。
「みんなで探した。カナンが起きなくてヒマだから島探索でもしてるうち、疲れてまた寝ちゃったんじゃ、とか、実は女ができたんじゃ、とか。最初はみんな、気楽に探してた。でも、最近やたら足繁く通っていた西の隠者のところにも、東西のどこの『団』にも居ない。目撃情報も、最後は半月前だ。カナンなら……と思って探してたんだけど」
「居なくなった……だけ、だよな?」
たいしたことじゃないとばかり、カナンは笑おうとした。でも笑えなかった。半月なんて、他の者なら「ちょっと見かけないな」で済む程度。
だけどルカは――。
「ルカは死んだんじゃないかって、言うヤツも、いる」
たどたどしく告げられたのは、ただの伝聞でしかなかった。なのにカナンは、「は?」と、頓狂な声を上げ、
「ここをどこだと思ってるんだ。『約束の地』だぞ? 暑さも寒さもなく、食べるのに困ることも、外敵も、病気だってない、怪我だってすぐ治る、俺達の祖先が必死に見つけた、奇跡の島じゃないか! いくらルカが抜けてるからって、死にようがない! ありえない!」
じっとカナンに目を注いでいたショアは、僅かに目を伏せ、小さく息を吐いた。そして、「ありえなくないって、知ってるでしょ」冷ややかな声。
「知ってるよね。傷が塞がる速度よりも早く、体から大量の血が抜けてしまうと――助からないって」
「…………」
「だから、確実に心臓を突く。今までのみんな、そうだったじゃないか」
「でもルカは自殺なんかしない」
「事故ってこともありうる。現にルカの弟だって……」
ショアはそこまで言うと口をつぐむ。しばしの沈黙。しかし再び顔を上げたとき、今までとは違う光がその目に宿っていた。
「――何で言い切れる? ルカが親孝行だから親を悲しませるはずがないって? 抜けてるから悩んだりしないって? それって本当のルカなの? 逆にルカはカナンの全部を知ってたの? そうじゃないだろ。カナンだって何度も聞いたじゃないか。自殺した連中の親や親友って《《呼ばれてた》》人たちみんな、『そこまで思いつめてたなんて、知らなかった』って。――そんなもんでしょ、誰だって」
少し早口に、一気に吐き出された言葉の羅列にカナンは圧倒され、そして投げやりに付け加えられた一言で、一気に心が冷えた。
『もうどうでもいい、何もかも』そう、泣き叫ぶ姿が蘇る。
あれから――どんなに明るくなっても、人あしらいがうまくなっても、本当は――。
「ごめん起き抜けに言い過ぎ」
その声で、いつしか自分が目を伏せていたことに気づいて、カナンは慌てて目を上げる。正面で、ショアが苦い笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「まあ僕もショックだったってことで大目に見て。もう動けるでしょ? 出よっか」
そう明るい声を上げてショアは立ち上がり、右手を差し出してくる。
それを黙って取り、カナンは立ち上がった。