「聖樹オリア」
ショアがふいっと目を逸らした――と思ったら、手元の白い紐を手繰り寄せていた。ショアが愛用する白麻のバッグだ。中を探る。
「まずはコレ飲んで。声も体も痩せちゃって。傷の治りもいつもより遅いし。だいたいさ、いきなり動けるわけないじゃん。一ケ月も寝てたんだから。だから、ホラ」
その言葉とともにカナンの眼前に、碧色の筒が差し出された。
碧竹を節で切った水筒だ。円柱形で軽く丈夫な碧竹は、真っすぐに力を加えれば、横だけでなく縦にも容易に割れるので、物や液体を入れる器として広く使われている。
「オリアの樹液。速攻効くよ」
「オリア……ね」
「そ。この島の、っていうか僕たちの護り神。花が闇を照らし時を告げ、葉と樹皮がこの身体を護る。そして――」
「そして実と樹液が僕たちを生かし癒す」
「そういうこと。だからこれを飲んで、まずは回復して。でないと身体だけじゃなく頭も働かないじゃん」
ショアの言葉にカナンは頷いて、竹筒を取った。節に開けられた穴を塞ぐ栓を抜き、口元で傾ける。ほのかに甘く、滑らかな口当たりの液体が流れこんでくる。枯れきった大地に染み渡るように、体中を巡っていく。
「一ケ月も寝たのか俺。最長記録だな。それにしても、よくここが分かったな」
「そりゃ分かるさ。だって僕、カナンのこと好きだし」
「……」
「またそんな怖い顔しちゃって。怒った顔もまたカワイイんだけど――分かったゴメン、ちゃんと言うから、そんな目で見ないでよ」
そうショアが笑みを収めるのを横目に、カナンは黙って、勢いよく竹筒を傾けた。
「前に聞いたんだよね。『カナンは明るいキレイなものが見たいから眠るんだ』って」
「――そんな余計なことを吹き込んだのは『ルカ』だな」
その名を口にしたとたん、緩やかなショアの口元が一瞬こわばったのが見えた。
――なんだ? さっきからずっと感じている違和感が、僅かに強まる。
しかしショアは変わらずのんびりした口調で、続けた。
「で、そこからは推理。なら西の島よりは東の島だろ。で、カナンは親父さんから逃げたがってるから、主の島から一番遠い、島の端も端にいるかなって。で、邪魔されるのがキライだから目につきにくいところ。となると人気のない島の東端、山の洞穴くらいだな、と。あとは根気。一日がかりで穴という穴を探し回った。推理外れたかなーと思ったら、最後の穴にいるんじゃん。笑っちゃった」
その言葉通りにショアは笑った。いつもどおりのふんわりとした笑い方だ。
だけど――カナンはじっと目を注ぐ。その視線に気づくと、ショアは髪をかき上げるふうで、ふっと目を外した。
「それが一週間前ね。で、たまに様子を見に来てたんだけど、三日前に来たらカナンが結構身動きしてたから『これはもう起きるな』って思って、そのまま待ってた」
「いくら何でも、それは暇すぎだろ」
「へえ、ひっかかるのはソコなんだ。僕ってまだ信用があるんだね」
「意味が分からん」
「えーそうなんだ。じゃあ……」
ショアが身を乗り出してきて、二人の距離が一気に縮まる。
ショアがカナンの両肩を掴んだ。
引き寄せる。
「もういいだろ」
カナンは低くそう言うと、肩に食い込む指をゆっくりと解き、押し返した。
「体力、戻ったみたいじゃん」
「おかげさまで。――で、ルカがどうしたって?」
ずっと笑みをたたえていたショアの顔から、表情がすっと消えるのをカナンは見た。