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遺書

 ドアをノックする音がした。


 けだるい身体を起こし、ベッドから立ち上がる。

 辺りは既に真っ暗になっていた。


「もう何時なんだろう……」


 時計代わりに使っていたスマートフォンのボタンを押すと、そこには21時ちょうどと表示されている。


 ロックを解除するとメモが開いていて、そこには×ウラノ、とだけ入力されていた。


「ばつ、うらの? 何だろういつ書いたっけ」


 おぼろげな記憶を呼び起こそうとした時、またドアをノックする音がした。


「あ、はーい」


 そういえばさっきのは何だったんだろう。

 青山は見てはいないけど救急車で運ばれたはず。

 その前にあれは死んで……。


 天井から吊り下がった姿を思い浮かべてしまい、軽くめまいと吐き気に襲われる。


 フラフラと玄関に歩いて行くと、私がドアノブをつかむ前にドアが開いた。


「飛鳥ちゃん、いる? 起きてる?」


 チェーンロックが掛かっているため、少しだけ開いたドアの隙間から本多のおっさんの顔が半分だけ見える。

 人のよさそうな顔をして笑っているようにも見えるが、青山のこともあってか少し緊張した面持ちだった。


「今開けますから、ちょっと待ってくださいね」


 私はチェーンロックを外し、本多のおっさんを迎え入れる。


「まだそんなに片付いていないんですけど」

「いえいえどうぞお構いなく。おじさんもね、少しお話したら帰るから」


 9畳あるLDKの床に座れるスペースを確保する。

 小さなお盆をテーブル代わりにして、ペットボトルから二つのグラスに常温となった緑茶を注ぐ。


「冷えていませんけど、よかったらどうぞ」

「これはこれは、お構いなく」


 そう言いながらも本多のおっさんは一気にお茶を飲み干す。

 その視線が、まだ片付けられていない荷物に向けられる。


「あ、あの、あんまり見ないでください。

 恥ずかしいので……」

「ああ、ごめんごめん。若くて元気な女の子の部屋なんて、入ったことなかったから」


 本多のおっさんは七三に分けた頭をかいて、叱られた子犬のように肩をすくめながら言い訳をする。

 下着の箱はまだ開けてなくてよかった。


「さっき判ったことなんですけどね」


 私がお茶のお代わりを入れると、本多のおっさんは軽く会釈して話を続ける。


「青山さんね、40過ぎなのにここんところずっと定職にも就かないでずっと引き籠ってたんですよ」


 私は適当にあいづちを打つ。


「さっき遺書が見つかったってね。パソコンのメモに書いてあったとかでさ」

「そうですか……」

「新聞沙汰にはならなかったらしいんだけど、なんでも会社の金を着服したとかでクビになったんだって。

 それを気に病んで、首をくくったってことみたいなんだよね」


 不正に奪った金で生活していたのだろうか。

 仕事に行かずカーテンを閉めて外から見られないようにして、何かに怯えていたのかもしれない。

 そしてそれに耐えきれず、自ら命を絶った。


「そうだとしても、なにも飛鳥ちゃんが引っ越してきたその日に自殺しなくてもねえ。

 できるだけおじさんたちもフォローしていくから、頑張ろうね」

「はい。そうですね……」


 愛嬌のある笑顔を作って本多のおっさんは立ち上がる。


「じゃあこれから仕事だから、行ってくるね」

「え、もう夜中ですよ?」

「おじさん、タクシーの運ちゃんだから、これからが稼ぎ時なんだよね」


 そうか、会社員だとは聞いていたけど、タクシードライバーだったんだ。


「裏野ハイツの住人さんだったら、タダで乗せてあげるからね」

「いいんですか、そんなことしたらそれこそ公私混同……」

「いいのいいの。会社の車だけど、私用で使っていい許可は取っているからさ。

 でもその分のガソリン代は自分持ちだけどね~」


 不器用ながら本人は気に入っているであろうウインクをして帰ろうとする。


「それじゃあお茶、ごちそうさま」

「いえ、たいしたお構いもしませんで」


 部屋から出て行く本多のおっさんのシャツの背中に赤黒い染みのようなものが見えたが、私は特に気にも留めなかった。

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