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青山

R15で残酷な表現タグを追加しました。

苦手な方はご注意願います。

 そこには、首を吊ってぶら下がっている青山の姿があった。


 虚ろげだった目は見開かれていて、充血した眼球が今にも飛び出しそうだった。

 苦しそうに突き出された舌が、普段では考えられないほど垂れ下がっている。

 首はそこから下の体重を支えきれず、全ての関節が外れて伸びきった状態だ。


「今朝、お会いしたばっかりだったのに……」


 あれから数時間後、102の青山がこのような姿になるなどとは、今朝の私には想像もできなかった。


「うわっ、青山さん!」

「……どうしてこんなことに」


 私の驚きようを見た他の住人たちが集まってくる。


「本多さんと御嶽みたけさんは、ひとまず青山さんを下ろしてあげてください!

 御嶽さんの奥さんは消防署に電話を。

 大家さんは早苗くんをこの部屋に入れないで、それと中庭の火の始末をお願いします」


 状況が理解できていないのは私も同じだが、やれることから始めないと。


「急いでくださいっ、早くっ」

「は、はいっ!」


 本多のおっさんは年配らしいが運動をしているせいか体力には自信がありそうだった。

 それに比べて御嶽の旦那さんはひょろっとしているが力はそれほど無さそうね。


「ひゅうっ」


 青山の口から声らしいものが漏れる。


「青山さん、生きてる……!?」


 御嶽の旦那さんが青山の声を聞いて一瞬手の力を緩めると、ロープから外れた青山の身体が本多のおっさんにのしかかる。


「ぎゃっ、死んでる、これは死んでるよ!」


 ぐったりとうなだれる青山の身体に覆いかぶさられた本多のおっさんが悲鳴を上げる。


「でも、今の声……」


 何かで読んだことがある。

 首吊りした人を下ろすとき、締まっていた首が広がるので空気の流れが喉を震わせるとか。


「救急車が来るまで心臓マッサージと人工呼吸を……」

「いや、もうダメだろ」


 私が応急手当をしようとするところを、本多のおっさんが止めようとする。


「死んでから数時間は経ってる。身体が硬くなりかけているし、これって死後硬直っていうやつだろ?」

「確かに、死後硬直なら5時間近くは経っていることになりますね。さっきは息があるものかとびっくりしましたが……」


 本多のおっさんの言葉に、御嶽みたけの旦那さんもうなずく。


「どちらにしても、警察を呼んだ方がいいだろう。まともな死に方じゃないしな。

 落ち着けっていうのも難しいだろうけど、一旦飛鳥ちゃんは自分の部屋に戻っていなさいな」


 本多のおっさんは気丈に振る舞っている様子で、私を気遣ってくれている。

 顔色は真っ青だが。


「わ、判りました。私、自分の部屋に行っていますね」

「日影さん、引っ越してきてくれた日にごめんなさいね、こんなことになっちゃって……」

「いえ、なにも大家さんのせいじゃないですし」

「それにしてもテキパキとした対応、すごかったわね」

「そんな、とんでもないです」


 そんな会話をしながら軽く住人たちに挨拶をすると、私は自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込む。

 片付けていない荷物もまだあるが、今はそれどころではない。


 あの恨めしいような飛び出した視線。垂れ下がった舌。

 目をつぶっても脳裏に焼き付いて離れない。


「ほんと、とんだところに引っ越してきちゃったなあ……」


 知らず知らずに閉じた目から涙があふれ出てきた。



 あれ、玄関の鍵閉めたっけ?


 ベッドに倒れ込んだままの姿勢で、意識がもやもやと覚醒する。


 疲れているからかな、動くのもかったるい。


 視線だけで部屋を見回す。

 ドアノブの鍵までは見えないが、チェーンロックが掛かっているのは見えた。


 一応安心、かな。


 ほっとして肩の力が抜けた時、濡れたまま絞っていないぞうきんを叩きつけるような音が聞こえた。


 べちゃっ、べちゃり。


 一定のリズムで響く音は、徐々に大きく近くなってきている気がする。


「さ、寒っ……」


 真夏だというのに吐く息が白い。

 疲労のせいだろうか、身体が動かない。


 目だけはきょろきょろと辺りを見ることができた。


 べちゃっ、べちゃり。


 べちゃっ、べちゃり。


 べちゃっ。


「日影さん……」


 誰もいないはずの私の部屋に、私を呼ぶ誰かの声。

 かすれた男の人の声が耳元で聞こえた。


 身体がこわばり、喉が渇いてヒリヒリとする。


「日影さん、今日はすみませんでした。せっかく挨拶に来てくれたのに……」


 視線だけを向けると、そこには飛び出して充血した目と長い舌を持て余した青山の顔があった。


「……っ!」


 伸びきった首が頭を支えられず、変なお辞儀のような格好にもなっている。


「あ、お……」

「ええ、いいんですよ。やっぱりこうなった訳だ。逆に、いつこうなるのか待っていた気持ちもありました」


 青山は目から鼻から口から、複雑な色をしたドロドロとしたものを垂れ流しながら言葉にしていた。


「やっぱり僕、死んだ方がよかったのかもな……」


 これは夢だ。幻だ。

 疲れているからこんな変な夢を見てしまっているんだ。


 私は自分に言い聞かせるが、耳に入ってくる青山の声の生々しさに、それを肯定できないでいた。


「あなたで、よかったかも」


 もう私の精神が限界を迎えたのか、青山が他に何かを言っているようだったがそれを聞くこともなく、私の意識が急速に遠のいていった。

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