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死の香り

「どうしたの、大丈夫?」


 それまで勢いよく食べていた私の動きが止まったことに、御嶽みたけの旦那さんが心配そうな目を向ける。


「え、ああ、平気です」


 平気な訳があるか。

 私はこっそりと口から出した誰かの歯を、誰にも気付かれないようにポケットへ入れた。

 あからさまにどこかへ捨てるような動きをしたら、そこを追及されかねない。


「どんどん焼けるからね、じゃんじゃん食べてよ」


 私の紙皿に乗せられるバーベキューは、牛肉のブロックやベーコン、鳥のささ身といった肉に、あの知らない触感の独特な肉。

 見た目からしてもよくある肉ではなかった。


「そのお肉、気になるでしょう」


 本多のおっさんが肉を焼きながらニヤニヤ笑いを投げかけてくる。

 何も知らなければ愛想のよい笑顔だと思ってしまうような、そんな表情だった。


「え、ええ。何の肉なんですか? 牛とも豚とも違うみたいですけど」


 冷静さを装って聴いてみる。

 本当だったら今にでも吐き出したい気持ちでいっぱいだ。


「最近はさ、少子化少子化っていうじゃない? この辺りもそうなんだよね。もうおじさんよりも年寄りなのばっかり増えちゃってさ」

「なんだい本多さん、年寄りをバカにすると家賃を倍にするよ?」

「そうじゃないんですってば大家さん。このところ子供が行方不明になるっていう話があるでしょう」


 いきなりなに言い始めたんだこのおっさんは。

 まさか、そのまさかよね。


「ああ、このお肉は熊肉です! 変な想像しないでくださいよう。この裏の山にだって熊がよく出るんですよ。それを知り合いの猟友会の方から譲ってもらったんですって」


 しどろもどろになって大家に説明する101のおっさん。

 この本多のおっさんは余計なことを言わないで早いところ素直にしゃべっちゃえばよかったんだよ。


 少し胸のむかむかが治まった気がした。


 でも待てよ。

 熊の歯にしてはあの歯は小さかった。人間にしてもだ。

 乳歯の大きさ……。

 子供?


「熊に子供が襲われたっていう話もあるので、早苗さなえにはいつも鈴を持たせているんです」


 噂を肯定するかのような発言を、御嶽みたけの奥さんが口にする。

 心なしかその表情は硬い。


 そうか、あれは熊よけの鈴だったのか。


 って、そんなこと今はどうでもいい。私が噛んだあの歯は何だったんだ。


「そうだ、102の青山さんに持っていこうかしら」


 大家の土野の婆さんがバーベキューの山を持っていこうとする。


「それなら私が行きますよ。きちんと挨拶もしたいし、これだったら受け取ってくれると思うし」


 中庭から102の窓を見る。

 カーテンを閉め切っているため中の様子はうかがいしれないが、これだけの大騒ぎをしているのだから気付かないということもないでしょう。


「そう? 今日のゲストなのに悪いわねえ」

「そんなことないですよ。でも、流石にベランダからだと失礼ですかね」

「いいんじゃない? どうせ中庭でやっているのだから、そのままノックしてみなさいよ。

 ていうか、青山さーん! いるんでしょう? これから日影さんがお肉持っていきますからねー!」


 土野の婆さんがいつの間にやら声を大きくして102へ直接話しかけた。


「じゃあお願いするわね」

「はい。

 青山さん、こんにちはー。お肉焼けたのでおすそ分けでーす」


 私が左手にバーベキューの皿を持ち、右手でベランダから窓ガラスをノックする。


 思った通り、返事は無い。


 もう一回試してみるが、それでも結果は変わらなかった。


「ちょっと失礼しますね~」


 物は試しに窓を開けようとすると、思いのほかすんなりと動いた。


「鍵が、かかってない……」


 中庭からベランダに抜ける風に乗って、バーベキューの匂いが吹き抜けていく。

 カーテンがそよいで部屋の中に光が入る。


 めくれたカーテンの隙間から見えた部屋は、家具も少なく生活感の無いものだった。


 がらんとした室内には、あって当然のはずだが異質なものが目に留まる。


「青山……さん」


 私は持っていたバーベキューの皿を落とす。

 その音か私の声を聞いてか、中庭にいる住人たちが私に注目する。


「どうしたの日影さん。青山さんは」


 その部屋に青山がいること自体は問題ない。

 問題なのは、その青山が吊り下げ型の蛍光灯から伸びるロープにぶら下がって、宙に浮いていることだった。


 そのロープは、青山の首に巻き付いていた。

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