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バーベキュー

 私が段ボールを3分の2ほど片付けた頃に、窓の外から私を呼ぶ声が聞こえた。


 2階のベランダから裏庭を見下ろすと、バーベキュー用のグリルから肉の焼ける臭いが立ち上っている。

 焼き肉のいい匂い。香ばしい食欲をそそるそれは、荷物整理に集中してお昼ご飯を忘れた私のお腹が空っぽであることを気付かせるのに十分な威力があった。


「そろそろ始めましょう、日影さん」


 大家であり201の住人である土野の婆さんが、ただでさえシワでいっぱいのその顔をさらにくしゃくしゃにして笑っていた。


「はあい、ありがとうございます。今降りていきますね」


 私は嬉しさをアピールするように少しトーンを高めにした返事をして戸締りをすると、1階に降りようとする。

 途中、外階段を降りていくときに102からの視線を感じて手すり越しに覗き込んだ。


 音もなく、102のドアが閉まった。


 まったく、あの青山っていう人はどんな奴なんだろう。


 空腹に不満を鳴らしていた胃に思考が支配され、中庭に到着したころには102の青ビョウタンのことなど意識からすっぽり抜け去っていた。


「さあ来た、じゃあ始めるとしましょうか。飛鳥ちゃんの入居を祝って!」


 半日近くも経っているので当然朝のジョギングから戻ってきている101の本多のおっさんが乾杯の音頭を取ろうとして、ジョッキに注いだビールを持ち上げる。


「本多さん、まだ日影さんの飲み物が」


 そう言うと103の御嶽みたけの旦那さんが私にオレンジジュースのコップを差し出す。


「ありがとうございます」


 そう言って受け取ろうとした私の手を包み込むようにしてコップを握らせる。

 コンビニでお釣りを渡すときのあの感じだ。


 驚いてコップを落としそうになるのを必死に抑えて、何もなかったように受け取る。

 奥さんの目の前で、よくやるなこいつ。


 当の本人は当たり前の行為なのかそれとも気にしていないほど鈍感なのか、おじさんが女子大生の手を握って微笑んでいる姿を異常と思っていない様子だった。

 早苗くんだけが、じっと見ていた。あの上目づかいで。


「さあ飲み物も渡ったようですし、皆さんよろしいですね?

 それでは、飛鳥ちゃんの入居と裏野ハイツの皆さんの今後のご多幸を祈念して……カンパーイ!」


 本多のおっさんの乾杯に合わせて、面々が飲み物を掲げる。

 この時ばかりは、早苗くんも私と同じオレンジジュースのコップを軽く持ち上げていた。


「じゃんじゃん焼くからね、どんどん食べてちょうだいな」


 本多のおっさんは私にあの愛嬌のあるウインクを投げかけて、串に刺さった肉や野菜をグリルで焼いている。

 先程から焼かれていたバーベキューが既に紙皿の上で山になっていた。


「若いんだから、いっぱい食べてね」

「ここの恒例行事みたいなものだから、遠慮しないでね」


 土野の婆さんと御嶽みたけの奥さんが交互に私の皿へ焼き上がったバーベキューを乗せてくる。


「それじゃ、いただきますー。うん、おいしー」


 アツアツの肉は多少硬さがあったものの、空っぽの私の胃にはこの上ないご馳走だった。

 盛られる肉や野菜も、次々と私の口に運ばれていく。


「うん、おいしー。美味しいです」


 折角私のために宴会を開いてくれているんだから、楽しまなくちゃ損よね。


 無邪気に肉を頬張る私の様子を見て、他の住人たちもそれぞれにバーベキューを食べていく。

 大人はそれにアルコールも入って上機嫌だった。


「ん?」

「ああ、それ? ちょっと珍しい肉が手に入ってね」

「そうなんですか? 独特だけど、赤みが強いのに脂もしっかり乗っていて、私は好きだなあ」

「そうかい? そう言ってもらえると手配した甲斐があったってね」


 嬉しそうな顔をのぞかせる本多のおっさん。


「あれっ」


 何か硬いものを噛んだ。

 石? 歯が欠けてなければいいなあ。


 口から出したその硬いものは、私の物ではない何かの歯だった。

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