人見知り
102の青山がドアから顔をのぞかせる。
カーテンを閉め切っているらしく、朝だというのに隙間からは明かりが見えなかった。
「なに、大家さん……」
ぼさぼさで手入れのされていなさそうな髪。身長はそれなりにありそうだが頭の位置が私より少し高いだけなのは、猫背だからなのかな。
細面で目の下にはクマがあって、見るからに不健康そうで元気がなさそうだった。
「前に話したでしょ、今日来る日影さんよ」
青山の目が、ぎょろりと私を見る。
だが視線は合わせようとしないできょろきょろと辺りを伺う様子だった。
「あ、ども」
「どうも初めまして。203に越してきました日影です。よろ……」
私が話している途中で、102のドアが閉まる。
ちっ、なんだあの青ビョウタンは。
「ごめんなさいねえ、青山さんは人見知りが激しくてね。恥ずかしがり屋だからどうしたらいいのか判らなくなっちゃったのかしらね」
土野の婆さんはまたもやクツクツと笑う。
「いいえ、気にしてませんから」
青ビョウタンの分の引っ越し蕎麦は私が食べよう。代わりに100円ショップのタオルでもくれてやればいいかな。
「そう? じゃあ落ち着いたら裏庭に来てちょうだいね。今ね、歓迎会の準備をしているの」
「バ、バーベキューをね、大家さんが企画してくれたんです」
土野の婆さんの言葉に乗っかるように、御嶽の旦那さんが手に持っているスーパーの袋を持ち上げてみせる。
袋越しにも見える大量の肉と野菜。
奥さんが持っている袋には、調味料や紙皿が入っているようだった。
「そんな、悪いですよ。申し訳ないですって」
「なに遠慮してるのよ。今日からあなたもあたしたち裏野ハイツの仲間なんですからね」
「は、はあ」
そう言ってもらえると悪い気はしない。
御嶽の旦那さんも奥さんも笑顔で私を見ている。
早苗くんは相変わらずの仏頂面だけど。
「あの、青山さんは」
一応気にしている様子をアピールしてみる。
「いいのよ青山さんは。後で焼いたお肉を持っていってあげるわよ」
大家さん、もうそれじゃ何の会だか判らないでしょ。
「でしたら、私が持っていきますね。まだきちんと挨拶していなかったので」
「そう? まあそうね。若くて元気な子だったら喜ぶと思うわよ」
「そうなんですか。さっきはドア閉められちゃいましたけど」
「照れてんのよー。もういい歳なのにねえ」
「そうですね、私よりだいぶ年上なのかなって思ったんですが」
「うーん、確か41とかそんな辺りじゃなかったかしら。青山さんも前は奥さんと娘さんがいたらしいのだけど、死に別れちゃったらしくてね」
ありゃ、もしかしてあまり踏み込んじゃいけない話題だったかな。
「でも気にしないで。一緒に暮らすと判っちゃうことだもの。いろいろ知っていてもらいたいしね」
「あ、はい。ありがとうございます。
じゃあ私、一旦荷物の整理をしてきますので」
「ええ、準備ができたら呼びますね」
「はい、お願いします。じゃあ」
私は軽く住人たちに会釈をして自分の部屋へ行く。
203は外階段を上って通路の奥だ。
ところどころ塗装の剥がれた手すりをつかんで階段を上る。
「えっと、鍵、鍵っと」
カバンの中から部屋の鍵を取り出すと、ドアノブに差し込んで回す。
鍵の外れる重たい音を確認して、鍵を鍵穴から抜く。
ドアが重苦しそうな音を立てて開いていく。
「あれ? 前に下見できた時はこんな音しなかったと思うけど……」
開け方にコツでもあるのかな。
102の時は音が全然しなかったもんね。
「ま、それより部屋を片付けちゃいましょ」
私は乱暴にパンプスを玄関に脱ぎ捨てると、明かりをつけて部屋に入る。
新しい家具に積み重ねられた段ボールが視界を埋める。
「はあ、結構いっぱいあるなあ。今日一日で終わるかなあ」
荷物整理をやっていると、裏庭から準備の音と話し声が聞こえる。
私のためといってやってくれるのはありがたいけど、きっとそれは口実でみんなこういうイベントが好きなんだと思う。
楽し気な会話が私の耳に入ってくる。
早く片づけて、私もその輪に入りたくなってきた。
「さあ、もうひと踏ん張りやっちゃいましょう。そうしたら今夜はベッドで寝られるわ」




