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記憶

「日影さん、大丈夫?」


 まだ暗い闇の中。

 聞こえるのは。


「大家、さん……?」

「そうよ日影さん。大丈夫?」


 見慣れたわけではないが、初めてでもない天井が見える。

 私は自分の部屋でベッドに横たわっていた。


「大家さんが私を運んで?」


 唐突だったのか、土野の婆さんはクツクツと笑う。


「こんなお婆ちゃんがあなたを持っていけるわけないでしょう。

 空返事からへんじというかうわそらだったけど、あなたが自分で歩いてきたのよ。

 あたしは肩を貸して上げただけ」


 まったく記憶にない。

 記憶にあるのといえば、この裏野ハイツの住人が次々と死んでいって、その死んだはずの人たちが死んだ後も私に……。


「それは、ご面倒をおかけしました」


 なるべく平静を装って声に出す。


「ちょっと失礼しますよ」


 土野の婆さんはそう言うと私のベッドに腰を下ろした。


「大変なことに巻きこんじゃったわね」

「え、ああ。そうですね。大変……だったです」

「少しお話しできるかしら」

「あ、はい……」

「とは言っても、もうすぐ夜明けだからそれまでにできるだけ、ね」


 夜が明けたら。

 そうしたら何があるっていうんだろう。


「突然のことだけど、死者の思念って存在すると思う?」


 本当に突然よね。

 普段だったら、何言ってんだこいつ、ってくらいの感じだけど。

 でもこれだけ奇妙なことを経験すれば、存在するものだと思っても仕方のないこと、なのかな……。


「幽霊、ってことですか?」

「そうね、そうとらえてもいいかもしれないわね」


 私は横になったまま軽くうなずく。


「死者の思念は時空を超えるの。意識が形になったものだから、過去も未来も場所さえも物理的には束縛そくばくされないの」

「なんとなく、理解できます」


 老婆はベッドに腰を掛けたまま天井を見上げる。


「死者の思念ってね、自分が死んだことに気付いていないから現実世界にとどまっているの。

 それをほとんどの人は見ることも触れることもできないんだけど、たまに見える人がいてお話できたりするの」


 霊感体質ってやつかしら。


「思念って言っても既に死んでいるから実際には記憶だけの存在でね、自分が死んだと理解できていなかったり納得したくなかったりすると、自分の持っている生前の記憶を頼りに生きているつもりでいるの。

 でも、その人の時間はもう終わっているから、それ以上時を刻むことはない。

 だから同じ記憶を繰り返すの。

 なぞるように、同じことを。

 何度でも、何度でも」


「じゃあ、何かのきっかけで死んでいるということを認識したらどうなるんですか」

おのれの死を理解し納得した思念は、その生と死の狭間の輪廻りんねから解き放たれ、新たなステージへ向かうの」

「現実世界から、消える……?」

「そうね。同じ世界にはいるのだけど、遠い別の次元になるから互いに存在を認識することはできなくなるわね」

「それは霊感体質でもですか」

「ええ。霊媒師程度の霊感じゃ、次元の壁は越えられないみたいね。今までも、これからも」

「どうしてそんなことを……」


 老婆はクツクツと笑う。


「思念は時空を超えるのよ。だから知っているの。過去も未来も、現実世界で生きたまま次元を超えた存在は無いわ」


 この老婆はそれを知っているというのか。


「私は土野つちの土野つちの匕女さじめ。霊媒師として長いこと生きてきたわ」

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