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御嶽

 時計を見る。

 深夜2時。


 意識を失っていたのか、気がつけばこんな時間だ。


 エアコンは冷房の27℃で動いていたが、シャツは汗でびっしょりだった。


「早苗……くん?」


 病院に連れて行かれたのだ。ここにいる訳がない。

 だとすれば、さっきのは悪い夢なのか。それとも……。


 窓はサッシの軋む音がするものの抵抗らしい抵抗もなく開いた。

 真夏とはいえ夜の風がひんやりと頬を撫でる。


 その夜風に乗って。


「鉄の……匂い?」


 妙な胸騒ぎがする。


 部屋は特に荒れた様子もなく、先ほどのことが夢か幻だと状況が肯定する。


 私は玄関から外に出て階段を降りていく。


 1階に降りて気がついたこと。


「103の、御嶽みたけさんの部屋が……」


 開いていた。

 玄関のドアが開け放たれていた。


 そこから漂う黒い匂い。


「御嶽……さん」


 恐る恐る中をのぞく。

 深夜の暗闇は部屋の中をも包み込んでいて、慣れた目にも何があるのかすら判らなかった。


 玄関のセンサーが私の動きを感知して玄関灯がつく。


「!」


 明かりが生まれて私が見たものとは。

 凄惨。一言でたとえるなら。


 私の住んでいる部屋の真下の103。

 そこは床も、壁も、天井すらも。


 血。血。血。


 むせかえるような生暖かい、まだ固まりきれていないゼリーのような血液。

 大量の赤い液体が、そこかしこを埋め尽くしていた。


 パンプスのまま部屋に上がる。

 歩くたびにべたつく液体が嫌な音を立てた。


御嶽みたけさん……」


 リビングの大きな血だまりの中央には、旦那さんの良太りょうたがうつ伏せに倒れていた。

 

 辺りが一瞬で真っ暗の闇にのまれる。


 間取りは同じだ。玄関脇の照明を探すと、ぬるっとした感触があるがそのまま気にせずにスイッチを押す。

 また明かりがついた。

 部屋の蛍光灯だが、血飛沫のせいで光が赤く染まっている。


 うつ伏せになっている良太のシャツの背中は、大小さまざまな赤い斑点が付いていた。

 そのなかでひときわ大きな赤い染みには、自己主張するかのように包丁が突き立つ。


 背中に包丁が刺さったまま、ピクリとも動かない良太の脇を通って6畳間の洋室へと進む。


 間仕切りになっている暖簾のれんをくぐると、そこには仰向けに転がった奥さんの瓜子うりこの身体があった。

 部屋の隅は特に赤を広げたようになっていて、そこにあるテレビの手前には虚ろな目をした瓜子の頭部がこちらに視線を向ける。


 空腹だった私の胃が悲鳴を上げた。


 転げ出るようにして玄関に逃げようとする私の足を、何かがつかんだ。


 良太の手が私の足を握っている。

 そんな感覚がしたが、ただ私が良太の手に引っかかっただけなのかもしれない。


 なぜなら、良太は背中に包丁が刺さったままピクリとも動かないのだから。


 良太の手を蹴飛ばすようにして玄関から出ると、部屋の外にいた土野の婆さんにぶつかった。


「大家さん、御嶽みたけさんが、お二人が……!」


 土野の婆さんは私の肩を抱えると、力強く支えてくれた。


「見てしまったのね、日影さん……」

「え? 見て……しまった?」


 チリリン。


 視線がひっくり返る。

 支えられているはずの私の身体が、自分では立っていられないほどの脱力感に襲われてその場へとくずおれる。


 途切れていく意識の中で、土野の婆さんの声が響く。


「ごめんなさいね。こうなることは解っていたのに……」

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